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研究所

精密腫瘍モデル研究室

研究室紹介

 当研究室は、オルガノイド培養を活用した基礎および橋渡し研究を進めてきた旧発がん制御研究部の筆宝・丸グループを母体として2023年に新規に開設されました。病理検体や臨床検体を活用して臨床分野と連携する研究の立ち上げを進めている旧腫瘍ゲノム研究室の下里グループも合流し、合同で運営を行なっています。がん専門病院の研究所という特性を活かして、臨床部門と協力しながらがんの発がん機構解明や本態解明だけでなく、患者さんに貢献できる研究を推進していきたいと考えています。皆様のご支援をお願い申し上げます。

構成メンバー

研究所長 筆宝 義隆
主任上席研究員 下里 修
研究員 丸 喜明
会計年度任用職員 6名
研修生 2名

プロジェクト紹介

【筆宝・丸グループ】

(1)マウス正常オルガノイドを用いた臓器横断的発がんモデルの確立

 オルガノイド培養は三次元培養の1種であり、従来の平面培養よりもより生体内に近い状態で正常上皮および腫瘍細胞の増殖を長期間維持可能な技術です。我々はその特性を活かして、これまでにマウス由来正常オルガノイドからの発がんモデルを多様な臓器に対して開発してきました。具体的には、当該臓器のがんで高頻度に認める遺伝子異常やシグナル経路の異常を単独あるいは複数再構成し、免疫不全マウス皮下で腫瘍原性を評価する発がんモデルです。本アプローチでは、多段階発がんの再現が可能で、同じ遺伝子異常の組み合わせでも由来する臓器により発がん性や組織型が異なる場合があります。また一部では遺伝子改変マウスでの発がん性と乖離が認められました。これらの結果は、発がんにおける臓器ごとのエピジェネティックな特性や微小環境の重要性を示唆するものと考えています。最近では、正常上皮細胞から転移性腫瘍の直接誘導にも成功しています。

(2)患者由来がんオルガノイドを用いた橋渡し研究

 がんの本態解明や治療法を開発する上で患者の病態を再現した疾患モデル開発は重要で、近年オルガノイド培養の臨床検体への応用が進んでいます。我々もヒト卵巣がん臨床検体からのオルガノイド培養法の確立を契機に患者由来オルガノイド(PDO)のバンキングに着手しました。特に、婦人科がんについては稀な組織型や高悪性度を含む多様な病変を網羅し、悪性腫瘍だけでなく子宮頸がんの発生母地とされる扁平・円柱上皮接合部の正常細胞からのオルガノイド樹立などにも成功しています。こうして樹立したPDOはもとの腫瘍の特徴を保持しており、薬剤感受性評価も可能でした。最近では、同一患者から樹立した複数のPDOがもとの腫瘍における遺伝子異常やタンパク発現、薬剤感受性などの多様性を再現していることを確認し、腫瘍細胞の多様性に基づく治療抵抗性の克服を目指した研究を進めています。また、PTEN遺伝子が欠失している子宮体がんPDOを活用し、病的意義不明なPTEN変異・多型の機能的評価系の開発も進めています。

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図1.オルガノイド培養技術を活用したがん研究の概要

(上)患者由来オルガノイドを用いた橋渡し研究。(下)マウス由来オルガノイドを用いた発がんモデル。両方のアプローチを統合しながら、がんの発がん機構解明や本態解明、治療戦略の構築など、様々ながん研究を行っている。

【下里グループ】

(3)ゲノムコホート研究から見出されたがん関連遺伝子多型の機能解析

 がんの早期診断・早期治療は、がんを克服するために最も有効な手段であることは論をまたない。そこで、がんの高リスク群を層別化し早期治療へとつなげる「先制医療」の実装が期待される。しかし、その実用化には疾患発症リスクを高い精度で予測する遺伝学的マーカーの発掘が最重要課題といえる。この課題解決に向けて我々は、がん予防センターと共同してゲノムコホート研究を展開し、その成果としてがん経験者が高い割合で保有する複数の非同義型遺伝子多型(nSNP)を見出している。さらに、これらのnSNPが持つがん患者層別化マーカーとしての有用性を検討するため、がんの発症・進展におけるnSNPの機能を解析している。その成果の一部として、候補nSNPの1つは遺伝子発現制御に関与するタンパク質に機能喪失をもたらす変異である可能性が示唆されている。さらに、このnSNPを持つがんの特性を応用した新規治療法の開発研究を進めている。

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図2.ゲノムコホート研究から見出されたがん関連遺伝子多型の機能解析

 地域住民から採取した核酸の塩基配列を読み取り、がん経験者に多く認められる複数の遺伝子多型を見出した(上段)。これらが細胞に及ぼす影響を様々な手法を用いて、がん病態への影響を検討している(下段)。

(4)バイオバンク試料を活用したがん研究の推進

 がんの原因解明や新規治療法の開発研究の推進には、患者由来試料とそれに付随する臨床情報が欠かせない。これらを収集・保管し、研究に提供する仕組みをバイオバンクと呼び、当センターでも20年以上にわたり試料(血液・組織片・病理標本)および情報を収集・保管している。この運営の中核として当研究グループは、高品質の試料・情報・提供者同意を収集するだけでなく、医師・臨床検査技師らと連携し、これらの試料・情報を活用した様々な臨床研究(国際共同研究を含む)の実施にも尽力している。
 一方、個別化医療の推進が求められる中で、患者ごとに異なるがん組織の特性を反映する「生きている生体組織・初代細胞」の研究利用への需要が高まっている。前述のオルガノイド培養技術を用いて「がんオルガノイド」を樹立・保管し、様々な医学研究に供給する新型バイオバンクの可能性を検討しており、個別化医療に資する基礎研究への貢献が期待される。


図3.バイオバンク試料を活用したがん研究の推進

患者から試料・情報を提供していただき、将来の研究に活用する取り組みを「バイオバンク(右上)」という。現在は血清・組織片を主に収集しているが、今後は培養組織の収集を計画している(左下)。

業績

  1. Shimozato O, Akao N, Yanagisawa Y, Mori Y, Zhang X, Kida Y, Igarashi R, Watanabe T, Ozaki T, Takatori A. Targeting Wnt/β-catenin pathway by DNA alkylating pyrrole-imidazole polyamide in colon cancer. Cancer Sci 2025 (In press)
  2. Maru Y, Kohno M, Suzuka K, Odaka A, Masuda M, Araki A, Itami M, Tanaka N, Hippo H. Establishment and characterization of multiple patient-derived organoids from a case of advanced endometrial cancer. Hum Cell. 37(3): 840-853 (2024)
  3. Maru Y, Tanaka N, Tatsumi Y, Nakamura Y, Yao R, Noda T, Itami M, Hippo Y. Probing the tumorigenic potential of genetic interactions reconstituted in murine fallopian tube organoids. J Pathol. 255(2): 177-189, (2021)
  4. Maru Y, Tanaka N, Tatsumi Y, Nakamura Y, Itami M, Hippo Y. Kras activation in endometrial organoids drives cellular transformation and epithelial-mesenchymal transition. Oncogenesis. 10(6): 46 (2021)
  5. Mori Y, Takeuchi A, Miyagawa K, Yoda H, Soda H, Nabeya Y, Watanabe N, Ozaki T, Shimozato O. CD133 prevents colon cancer cell death induced by serum deprivation through activation of Akt-mediated protein synthesis and inhibition of apoptosis. FEBS Open Bio. 11(5): 1382-1394 (2021)
  6. Maru Y, Kawata A, Taguchi A, Ishii Y, Baba S, Mori M, Nagamatsu T, Oda K, Kukimoto I, Osuga Y, Fujii T, Hippo Y. Establishment and molecular phenotyping of organoids from the squamocolumnar junction region of the uterine cervix. Cancers. 12(3): 694, (2020)
  7. Maru Y, Tanaka N, Ebisawa K, Odaka A, Sugiyama T, Itami M, Hippo Y. Establishment and characterization of patient-derived organoids from a young patient with cervical clear cell carcinoma. Cancer Sci. 110(9): 2992-3005, (2019)
  8. Maru Y, Tanaka N, Itami M, Hippo Y. Efficient use of patient-derived organoids as a preclinical model for gynecologic tumors. Gynecol Oncol. 154(1): 189-198, (2019)
  9. Matsushita M, Mori, Y, Uchiumi K, Ogata T, Nakamura M, Yoda H, Soda H, Takiguchi, N, Nabeya Y, Shimozato O, Ozaki, T. PTPRK suppresses progression and chemo-resistance of colon cancer cells via direct inhibition of pro-oncogenic CD133. FEBS Open Bio. 9(5): 935-346 (2019)
  10. Shimozato O, Waraya M, Nakashima K, Souda H, Takiguchi N, Yamamoto H, Takenobu H, Uehara H, Ikeda E, Matsushita S, Kubo N, Nakagawara A, Ozaki T, Kamijo T. Receptor-type protein tyrosine phosphatase kappa directly dephosphorylates CD133 and regulates downstream AKT activation. Oncogene. 34 (15): 1949-1960 (2015)