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センター紹介

米本副病院長インタビュー

米本副病院長インタビュー写真

先生が医師になられた頃のお話から伺えますか。

私が医師になったのは昭和62年、1987年のことです。もう39年以上前になります。当時の先輩医師から「すべては患者さんのために」という基本理念を叩き込まれて育ちました。

医師になって間もない頃、患者さんから理不尽な要求をされ、憤りを覚えたことがありました。その時、先輩医師にこう言われたのを今でも覚えています。「患者さんに腹を立てるのはやめなさい。人には色々な価値観があるのだから、その人の価値観で考えてあげることができれば腹は立たないものだよ」と。それまでの私は、自分の価値観こそが正当で標準的だと思い込んでいました。しかし、多くの患者さんと出会う中で、人の価値観は極めて多様であり、経験の浅い若い医師の価値観など、世の中のごく限られた一部に過ぎなかったのだと思い知らされたのです。それ以来、自分と異なる価値観を持つ方の話にも耳を傾けられるようになり、診療中に感情的になることもなくなりました。あの一言は、今も私の診療の根幹を支えてくれています。

時代とともに医療も変化してきたと思いますが、先生はどのようにお感じになっていますか。

米本副病院長右向き写真

昭和の倫理観は、接待やハラスメントといった点において、現代とは全く異なるものでした。コンプライアンスに対する考え方自体、希薄な時代だったと思います。時代が変われば倫理観も変わっていくものなのでしょう。

医療も同様に、非常に不確実なものです。時代によって常識が非常識になったり、逆に非常識が常識になったりすることもあります。普遍的に「正解」の医療というものは存在しないのだと思います。感覚的な話ではありますが、昭和の医療の正解率は5割程度、令和の医療でも6割程度ではないでしょうか。

時代とともに変化する倫理観や医療のあり方に、柔軟に対応していくことは重要です。しかしそれと同時に、どんな時代でも変わらない「すべては患者さんのために」という根本理念を守り続けることもまた、同じくらい大切なことだと思っています。比叡山延暦寺の根本中堂で1200年間燃え続けているという「不滅の法灯」のように。

最後に、これまでで最も印象に残っているエピソードを教えてください。

米本副病院長左向き写真

先日、小児がんを経験された女性患者さんの結婚式に出席させていただきました。

彼女は中学生の頃から長期の抗がん剤治療と、下肢の手術を複数回経験されています。それにもかかわらず、結婚披露宴では見事なフラダンスを踊ってくださいました。新婦挨拶で「今の私があるのは米本先生のおかげです」と言っていただいた時は、涙が出るほど感動しました。

私はまだまだ修行中の未熟者で、「すべては患者さんのために」を十分に実践できているとは言えません。それでも、この根本理念を胸に、これからも患者さん中心の医療を提供できるように尽力していきたいと思います。

 

 

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