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更新日:令和4(2022)年8月4日
近年の消化器外科診療の高度専門化に伴い、当院では2016年4月より、消化器外科を「食道・胃腸外科」と「肝胆膵外科」に分ける組織変更を行いました。食道・胃腸外科では食道がん、胃がん、大腸がん(結腸がん、直腸がん)といった消化管がんが主な診療の対象となります。しかし、両方の診療科での治療を必要とする患者さんもいらっしゃいますし、お互いに密に連携して、さらに消化器内科の先生とも協力して、丁寧に診療させていただきますので、ご安心ください。
当科では、日本外科学会・日本消化器外科学会の指導医・専門医に加えて、食道・胃・大腸のがん診療の専門家が中堅・若手医師と共に診療に当たらせていただきます。手術日は月曜から金曜まで毎日で、出来るだけ早く診断と治療方針を決定して手術を受けていただけるよう努力しています。最近では、各臓器でがんの診療ガイドラインが発表されており、推奨されている標準治療を当科でも原則として提案しています。しかし、実際に個々の患者さんに最適な治療は全身状態や希望によっても変わります。特に最近では、高齢あるいはがん以外の併存疾患を有する患者さんが多く、標準治療が高リスクな場合や限界もあります。従って、標準治療をベースとして、個々の患者さんに最適な個別化治療を提案できるように、経験を積んだ食道・胃・大腸のがん診療の専門医(日本外科学会・日本消化器外科学会の指導医・専門医)を中心として治療法を検討しています。また、消化器内科・画像診断部・放射線治療部・臨床病理などのスタッフと共に毎週カンファレンスを行い、患者さんならびにご家族と十分に相談した上で診断と治療方針を決定します。外科医だけでも手術カンファレンスを週2回、朝のミニカンファレンスを月曜から金曜まで毎日行って、スタッフ間で治療方針や経過の確認など患者さんの情報共有を行っています。
食道・胃腸外科にご紹介いただいても、まず非手術治療が適応と判断された患者さんや症状緩和が目標になるような患者さんは、当院や他院の内科・緩和医療科などで治療を受けていただくことがあります。また、早期がんの治療後や進行がん術後でも時間が経過して再発リスクの低い患者さんは、クリティカルパスによる地域医療連携ほかご紹介いただいた医療施設などに経過観察を依頼することがあります。
進行がんは、外科手術だけでは治癒が望めないこともあります。そこで、食道・胃・大腸それぞれのがんに対して、適応を決めて術前または術後の化学療法・放射線療法を積極的に行い、予後向上・機能温存・切除の適応拡大などを目指しています。こうした集学的治療の中には、まだ必ずしも効果が確立されてはいないものの今後効果が期待される方法もあり、倫理的に問題のない多施設共同研究や治験に参加する形で、消化器内科と協力して、患者さんに提案する場合もあります。特に、わが国の主要ながん診療施設が参加している日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)の多施設共同研究に積極的に参加しており、進行がんに対しても治療成績向上を日夜目指しております。
内視鏡画像を見ながら小さい創で行う内視鏡(腹腔鏡・胸腔鏡)補助下の手術は、近年広く普及してきました。当院でも腹腔鏡補助下の手術が2000年から導入され、日本内視鏡外科学会の技術認定医を中心に早期の大腸がんや胃がんを中心に行ってきました。近年では進行癌に対しても行われるようになりましたが、その適応決定には、病状とともに患者さんの年齢・体型や全身状態なども関係します。がんのできた臓器や周囲のリンパ節を切除することは通常の開腹手術でも腹腔鏡補助下手術でも同じですので、術後の在院日数は通常の開腹手術と余り変わらないこともあります。一方で、創が小さいことのメリットも大きいので、デメリットや手術リスクも考慮の上で個々の患者さんと十分に相談して適応を決定するようにしています。手術手技や医療機器の進歩で、内視鏡(腹腔鏡)補助下の手術から内視鏡下で行うさらに創の小さい手術も術式によっては可能になってきています。
現在、胃・大腸がんに対するロボット支援手術を行っていますが、適応と実施については個々の患者さんと十分に相談して決定することにしています。
経口補水療法は元々は開発途上国におけるコレラ罹患患者の下痢・脱水症に対して行われ、「経静脈的な輸液を用いずに経口的に脱水症を改善できる」ことで脚光を浴びた治療法です。これが近年、外科手術患者の周術期とくに術前の水分電解質補給と絶飲食時間の短縮目的に急速に普及しました。日本麻酔科学会のガイドラインに準じて当科でも2013年より、糖尿病などの合併症がなく適応可能な患者さんには、手術2時間前まで吸収の比較的早い水分の飲用を許可しています。今後、麻酔の安全性を担保した上で少しずつ術前経口補水療法の適応拡大を考え、点滴を減らして術前の緊張緩和になればと願っています。
経口補水療法以外にも消化器外科手術の周術期管理は近年大きく変わりました。出来るだけ腸を使った栄養管理で術前後の絶飲食期間を長くせず早期に離床するなど最新の「術後早期回復プログラム」を積極的にとりいれています。消化管がん術前後の食事栄養管理を支援する栄養サポートチーム(NST)も日本臨床栄養代謝学会の指導医を中心に院内で積極的に活動しており、当センターは、NST稼働認定施設かつNST実地修練認定教育施設です。術後の食の悩みに対しては、入院中から外来でも栄養指導を積極的に行っています。
個々の患者さんに適した治療法,自己選択による治療をご提供できるようにしております。
縫合不全の少ない確実な手術を心掛けています。
食道がんの約8割は男性の愛飲家・愛煙家ですが、喫煙、飲酒の習慣が全くない女性にも発生することがあります。日本の食道がんは本来の食道の粘膜から発生する扁平上皮がんがほとんどです。近年では遺伝の関与も解明されつつあり、アルコールの代謝産物であるアセトアルデヒドの代謝酵素活性が低いひとがアルコール飲料を常飲すると、食道扁平上皮がんのリスクが高くなることが解ってきました。一方、最近の食生活の欧米化、肥満の傾向から、欧米に多い逆流性食道炎やバレット上皮という特殊な変化を原因とする腺がんも増えてきました。
食道がんは、以前は治療成績が悪く、極めて予後の悪い病気でしたが、最近では早期発見と治療方法の向上により、完全治癒のケースが格段に増えています。食道がんに対する治療としては、「外科手術や内視鏡による切除・化学療法(抗がん剤治療)・放射線治療」の3つの方法を単独あるいは組み合わせて行いますが、これらの治療を患者さんがいかにきちんと完遂出来るかがカギになります。そのために、この柱を支える支持療法といわれる治療の成否も極めて重要です。中でも、食道がん患者さんは食事を摂ることが困難で低栄養の方が多いため、治療前後の適切な栄養管理が必須です。
当センターでの治療方針を以下に示しますが、原則として日本食道学会の「食道癌診療ガイドライン」に従っています。しかし、患者さんごとに病態や全身状態も異なり、前述の通り手術をしない(内科・放射線科が中心となる)治療も重要な選択肢になります。
つまり、進行性食道がんで完全治癒を目的とした治療には、手術と化学放射線療法があり、いずれかを選択できると思います。それぞれメリットとデメリットを考え、ご自分の生活スタイルなども検討して、患者さんご本人の考えで治療法を選択されて良いと考えます。取れるから手術しかない、ということはありません。そこで、当センターを受診して下さった食道がんの患者さんには、消化器外科医と消化器内科医がそれぞれ専門的に担当している食道癌治療についてご説明させていただき、外科医・内科医・放射線科医合同のカンファレンスにて客観的に治療方針を検討しています。その後、最終的に、全身状態やリスクを考慮して、個々の患者さんとよく相談して治療法を決定します。また、施設としてJCOG(日本臨床腫瘍研究グループ)食道がんグループに加入しており、限られた施設でしか受けられない臨床試験や先進的治療への参加が可能な場合はご提案しております。
当センターでは、日本食道学会により食道疾患の診療を担当する専門的能力を有すると認められた食道科認定医ならびに食道外科専門医がおり、非外科的治療は消化器内科・放射線科の連携のもとで行っています。食道がんの外科治療は高度な技術と知識と経験を必要とし、術後に重篤な肺炎や縫合不全などの大きな合併症がおこると、生命の危険や再発のリスクが高くなるといわれています。最近では食道がん術後の縫合不全は長期予後を不良にするとの報告があります。令和2年度の当院での合併症は、縫合不全5例(8.3%)、肺炎6例(10.0%)、反回神経麻痺6例(10%)で、5例に再手術を要しました。術後在院死亡はありませんでした。当センターでは術後のフォローアップも入念に行っており、術後3年以上経過した胸部食道がん患者さん(これ以後の再発は少ない)の(暫定)の5年生存率は60%です。適応があれば80歳以上の高齢の食道がん患者さんも手術を受けられています。
1)手術の安全性を確保するために、十分な治療計画と周術期管理を行い、過去5年間以上手術関連死亡はありません。
2)進行度に応じた治療選択肢を外科だけでなく、消化器内科・画像診断部・臨床病理などの医師も参加したカンファレンスで決定しています。
3)低侵襲手術として、進行度および希望により適応のある患者さんには、腹腔鏡またはロボット支援下による胃切除術を積極的に採用しております。
腹腔鏡は高精細4K画質のカメラシステムを採用し、ロボットはDa Vinci Xi システム という最新の機種を使用することでより精密な手術を行うことが可能となっています。
胃癌手術における鏡視下率(腹腔鏡/ロボット手術の割合)は増加しており、2019年度は鏡視下率84%となっています。
また、合併症の少ない低侵襲手術を実践することで、2019年の腹腔鏡/ロボットによる幽門側胃切除術を受けられた患者さんの95%が術後7日で退院しており、早期退院も可能となっています。
日本内視鏡外科学会技術認定医資格を胃で取得した認定医は2人(技術認定医は食道・胃腸外科全体では5人)おり、腹腔鏡手術では技術認定医が手術に必ず参加します。
4)ロボット支援下胃切除について
腹腔鏡同様、炭酸ガスによる気腹下に腹部に8mm-12mmの小さな創を5個開けて手術を行います。腹腔鏡との一番大きな違いは、
などがあります。
特に、1.の利点により膵臓の奥にあるリンパ節を膵臓を傷めることなくとることが可能であり、膵臓に優しい胃癌手術が可能と考えられています。
執刀医のコンソールにおける操作
Da Vinci Xi システム
自由に曲がる
ロボットの鉗子
5)術後のQOL(生活の質)向上のため、切除範囲の縮小が可能と判断される患者さんでは、できる限り胃を温存するような手術や、逆流やダンピングなどの胃切除後障害を避けるような手術の工夫も心がけています。
6)専門病院だからこそできる臨床試験や治験への参加は、患者さんの治療オプションを増やします。JCOG胃がんグループに加入し、新しい標準治療の確立と進歩を目的とした多施設共同臨床試験に参加しています。消化器内科との治療連携もスムーズに行われています。
6)胃癌術後の食事指導に力をいれており、退院前のみならず退院後も、術後の時期や患者さんの状態・術式に応じた食事栄養指導を提供しております。
千葉県がんセンター出版 レシピ集
胃癌進行度別の予後曲線です。この曲線は、胃癌以外の死亡も含めて生存を示しています。
腹腔鏡下手術や自然肛門温存術が増えています。
大腸がんは欧米においては最も多いがんです。最近、日本でも食生活が欧米化してきたこともあり、増加の傾向にあります。大腸がんの基本的な治療方針は切除(手術)です。当科での大腸がんの手術切除症例数は最近10年間、年間約200~150例前後です。従来の通常開腹術に比べ痛みの少ない腹腔鏡下大腸切除術も行っており、近年では年間手術の半数以上は腹腔鏡下手術となっています(図1)。現在は大腸がんの術式のほとんどが腹腔鏡下手術でも保険適応となっているため、腹腔鏡下、通常開腹、それぞれの違いや長点短点を説明させていただき、患者さんに判断、選択していただいています。腹腔鏡下大腸切除は年々手術数が増加し、技術的に難しいとされる直腸手術でも拡大された良好な視野の良点を生かし、適応を広げています。またこれまでの治療を見直し、安全性を確保した上で入院日数の削減、負担軽減に取り組んでおり、術前検査でも患者さんの負担が少なくなるよう下剤を服用しての検査を少しでも減らすため大腸内視鏡と同時にCTを駆使し、バーチャル内視鏡画像、3D画像を構築して診断しています。大腸は直腸と結腸とに大別されます。直腸がんと聞くと、人工肛門を連想される方が多いようですが、治療技術の向上と集学的治療により、肛門に近いがんの方でも自然肛門温存術式が多くなり、永久人工肛門となられる方は少なくなってきております(図2)。肛門にかなり近い部位にある直腸癌には術前放射線化学療法を行い、癌の縮小が図られた場合に肛門を温存する術式を行う集学的治療を行っています。術前放射線化学療法のため手術するまでの時間はかかりますが、術後局所吻合部再発の予防には大変有効であり、自然肛門温存できる適応が大きく広がりました。しかし、この場合には術後の肛門機能の低下が予想されるため、年齢や社会的要因(ご職業など)を考慮して必ずしも肛門温存を推奨しないこともあります。術後生活の質が低下しないよう多くの患者さんが安心して生活していただけるように取り組んでいます。
退院後のフォローアップでの定期検査は、紹介元であり患者さんの地元で開業されている医院、クリニックとの連携による地域連携パスを行える場合には積極的にお勧めし、地元での診療を受けていただき、患者さんの利便性を高めつつ診療の質を担保しています。また抗癌剤治療をお受けになられる方でも、外来での治療ができる様にスケジュールや投薬方法を工夫しております。
最先端の治療を行えるよう全国規模の臨床試験グループJCOGの大腸がんグループには2000年から参加しており、これまで多数の大腸がん治療に関する最新知見をもたらしてきました。臨床試験から得られた知見をもとに、患者さんへの治療においては最先端の技術、治療法を提示しています。また、高度進行がんでの消化器内科での最新化学療法による治療はもちろん、泌尿器科、婦人科、整形外科など他科との合同手術も連携良く行っております。当科での大腸がん術後5年生存率(非がん死例も含んで計算)はstage0; 95%、stage1; 94%、stage2; 88%、stage3a; 82%、stage3b: 63%、stage4; 16%(非切除例を含む)です。大腸がんは早期の段階で治療できれば、高い確率で治癒できるがんです。早期の段階で大腸がんを発見できるため、症状がなくても大腸がん検診を毎年受けられることを強くお勧めします。
図1大腸がん手術件数
図2 直腸癌肛門温存率の推移
高山 亘(たかやま わたる) 昭和60年千葉大学医学部卒
鍋谷圭宏(なべや よしひろ) 昭和60年千葉大学医学部卒
日本外科学会 指導医・外科専門医
日本消化器外科学会 指導医・専門医・消化器がん外科治療認定医
日本消化器病学会 指導医・専門医・関東支部評議員
日本消化管学会 胃腸科指導医・専門医・認定医・代議員
日本食道学会 食道科認定医・食道外科専門医・評議員
日本臨床栄養代謝学会・外科代謝栄養学会・外科感染症学会の 指導医・教育医・理事
日本臨床外科学会・クリニカルパス学会・胃癌学会・外科感染症学会・腹部救急医学会の評議員・代議員 ほか
専門は消化器がん 特に食道・胃がん、外科栄養・栄養サポート、周術期管理、外科感染症
早田浩明(そうだ ひろあき) 昭和62年千葉大学医学部卒
千葉 聡(ちば さとし) 平成4年 福島県立医科大学卒
専門は腹腔鏡手術、消化器外科一般、ハイパーサーミア(温熱療法)
外岡亨(とのおか とおる) 平成9年千葉大学医学部卒
加野 将之(かの まさゆき)平成14年千葉大学医学部卒
水藤 広(すいとう ひろし)平成20年千葉大学医学部卒
桑山 直樹(くわやま なおき)平成27年千葉大学医学部卒業
黒崎 剛史(くろさき たけし)平成27年東邦大学医学部卒業