本文へスキップします

研究所

精密腫瘍モデル研究室

精密腫瘍モデル研究室ではオルガノイド培養技術を駆使して悪性腫瘍の発がん機構解明や精密医療の実装および創薬開発を加速するための研究を行っています。当研究室は旧発がん制御研究部部長として2014年に着任された筆宝義隆先生(現研究所長)が導入した三次元培養法およびマウス腸管オルガノイドを用いた発がんモデルを基盤としています。このオルガノイド培養技術は正常上皮細胞や腫瘍細胞を生体内に近い状態で維持可能です。がん専門病院の研究所という特性を活かして、臨床部門と協力しながらがんの本態解明だけでなく、患者さんに貢献できる研究を推進していきたいと考えています。皆様のご支援をお願い申し上げます。

メンバー

研究員 丸 喜明

プロジェクト紹介

1. マウス由来正常オルガノイドを用いた発がんモデルの開発による発がん機構解明

発がん過程の解析は遺伝子改変動物を作成して行うことが従来一般的だった。これに対し、我々は正常腸管オルガノイドに対する高効率な遺伝子導入法を確立し、Apcノックダウンや他の遺伝子異常の再現を行なった上で免疫不全マウスに皮下移植することで、大腸がん多段階発がん過程が再現可能であることを示した(Onuma et al, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 2013)。他の臓器や変異にも同手法の適用を拡大し、肝内胆管や胆のう由来のオルガノイドを用いることで、Kras変異やPik3ca変異、新規融合遺伝子などががん抑制遺伝子不活性化と協調的に腫瘍形成を促進することを示した (Ochiai et al, Carcinogenesis 2019)。膵臓オルガノイドに関しては、Kras変異単独では予想に反して培養中に排除されるが、増殖因子等を除去した培養条件への変更や免疫不全マウス皮下移植などによりKras変異細胞のみが濃縮され前癌病変が形成されること、多段階発がん過程も再現可能なこと、免疫正常な同系統マウスへの同所移植による膵癌モデルの安定的な作成が可能なことを示した (Matsuura et al, Carcinogenesis 2020)。その後、同系統マウス胆のうにオルガノイド由来腫瘍片を直接縫い付ける手法で新規の同所移植モデルを作成した(Kato et al, Oncogenesis 2021)。子宮内膜 (Maru et al, Oncogenesis 2021)、卵管 (Maru et al, J Pathol 2021)のオルガノイドでも高頻度変異の再構成により多様な組織型の腫瘍が誘導可能であることを示した。既存の遺伝子改変マウスと同様の結果が得られる場合も多いが、発がん性が減弱または亢進する場合もあり、臓器特異的な微小環境の重要性およびそれらが変異と協調する機構に関して新規の洞察を得た。実験系の簡便性・迅速性を生かして、がんゲノム解析で新規に同定された変異や融合遺伝子に関する発がん性検証や、当該変異を有する細胞株の作成を臓器横断的に進めている。これらの細胞株は診断・治療標的分子の同定や創薬における前臨床試験に資することが期待される。

2. 患者由来オルガノイドの樹立による精密医療の実装や創薬開発の加速

オルガノイド培養は近年ヒト検体への応用が進んでおり、我々も2016年度から胆道・膵臓や婦人科のがんオルガノイド培養を開始している。得られたオルガノイドを用いて標準治療薬抗がん剤の感受性試験を行っており、実際の治療反応性と細胞レベルの薬剤感受性の相関について追跡している。また、化合物ライブラリーのスクリーニングにより、個々の患者に最適な治療薬を提案するようね精密医療の実装に資する研究を現在進めている。胆管および膵がん症例に関しては、手術不能な進行例からの検体採取が困難なため、それらの患者からのオルガノイド樹立が困難だった。これに対し、胆管閉塞処置時に得られる胆汁検体約100例を用いて癌、正常部、前癌病変などのオルガノイドがそれぞれ培養可能であることを確認した(投稿中)。さらに、希少がんの膵腺房細胞がんの生検検体からの培養にも1例成功した(Hoshi et al, in revision)。また、婦人科がん全般に関しても安定的なオルガノイド培養法を確立した。ゲノム・薬剤感受性・タンパク発現など多面的な解析を行い、オルガノイドが切除検体の性質を保持していることを報告した (Maru et al, Gynecol Oncol 2019)。希少がんである子宮頸部明細胞がん症例のオルガノイド培養とその多面的な解析も最近報告し、子宮頸部腺癌のオルガノイド樹立としても世界初の成功例となった (Maru et al, Cancer Sci 2019)。SC junction細胞はヒトパピローマウイルス(HPV)の感染標的で子宮頸がんの主要起源細胞だが、そのオルガノイド培養にも世界で初めて成功した(Maru et al, Cancers 2020)。扁平上皮および円柱上皮が単一オルガノイド内に隣接して共存し、既知のSC junction マーカーがいずれもオルガノイド中に高発現なため、HPVによる発がん機構解明や子宮頸がんの正常対照として有用性が期待される。これらのオルガノイドを活用しながら、複数の企業と現在共同研究を進めている。

最近の主な業績

  1. Maru Y et al., Establishment and molecular phenotyping of organoids from the squamocolumnar junction region of the uterine cervix. Cancers. 12(3): 694. 2020
  2. Matsuura T*, Maru Y* et al., Organoid-based ex vivo reconstitution of Kras-driven pancreatic ductal carcinogenesis. Carcinogenesis. 41(4): 490-501. 2020 (*equal contribution)
  3. Maru Y et al., Establishment and characterization of patient-derived organoids from a young patient with cervical clear cell carcinoma. Cancer Sci. 110 (9): 2992-3005. 2019
  4. Maru Y and Hippo Y. Current status of patient-derived ovarian cancer models. Cells. 8(5). 2019
  5. Maru Y et al., Efficient use of patient-derived organoids as a preclinical model for gynecologic tumors. Gynecol. Oncol. 154(1): 189-198, 2019
  6. Ochiai M*, Yoshihara Y*, Maru Y* et al., Kras-driven heterotopic tumor development from hepatobiliary organoids. Carcinogenesis. 40(9): 1142-1152. 2019 (*equal contribution)
  7. Maru Y et al., Shortcuts to intestinal carcinogenesis by genetic engineering in organoids. Cancer Sci. 110(3): 858-866. 2019