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研究室

進化腫瘍学研究室

 

進化腫瘍学研究室は進化の視点からがんを理解し、治療法を開発することを目的として2023年4月に新設されました。

がんは多様な細胞の集団からなり、新たな形質を持つ細胞を出現させ集団の構成を変化させます。新たに出現した細胞の中には他の臓器に移動し増殖できる能力(転移能)を持つものや、治療に対して抵抗性を示すものがいます。これら新たな形質をもつ細胞を出現させる能力、すなわち進化可能性こそが、がんを致死的な病にしている原因です。

「生物進化」ではある生物種の集団から新たな形質を持つ新種が出現し、数百万年単位という長い年月をかけて、その新種からさらに新たな生物種が出現します。このことからダーウィンは進化を「変化を伴う伝承 」と定義しました。新たな形質を持つ細胞を繰り返し出現させるがんの進行はまさにこの定義に一致し、「がん進化」と呼ばれます。

当研究室では生物やがんが進化する際に遺伝子の誕生機構そのものを変化させることを発見しました。そこでがん進化における遺伝子誕生を阻害することで、がんの進化可能性を抑制する治療法を開発したいと考えています。

このように学際的な目的を持つ研究室であるため、医学・薬学以外にも進化学、脳科学、霊長類学、人類学、情報科学、構造生物学、物理学、化学などを専門とする国内外の研究室との共同研究を発展させています。現在、インドネシア、フランス、オーストラリアとの国際共同研究プログラムも進行中です。我々の研究に興味を持たれた方はどのような分野の方でも、お気軽にご連絡ください。是非一緒に研究しましょう。がんと全く関係のないように思われる分野の知見が、がん進化の謎を解く鍵を握っているかもしれません。

 

メンバー

上席研究員 末永 雄介
研究員 山本 清義

1. ヒトにのみ存在するがん遺伝子NCYMを標的にした薬剤開発

小児がんである神経芽腫は交感神経節や副腎髄質から発症する。神経芽腫の増殖にはがん遺伝子MYCNが関与し、MYCNを抑制することが神経芽腫の有効な治療法になると考えられている。我々はこのMYCNを治療標的として研究する中で、そのアンチセンス転写産物NCYMがヒトやチンパンジーでのみ109アミノ酸の読み枠を持つことを発見した(1)。公的データベースではこの転写産物はlong non-coding RNAとして登録されていたが、ヒト神経芽腫細胞では実際にNCYMタンパク質が発現し神経芽腫の遠隔転移を促進する機能があることを示した(図1)。  その後の研究によりNCYMは神経芽腫だけでなく、膀胱癌、卵巣癌、肝細胞癌、胆管癌といった成人癌において悪性化に関与する可能性が示されている。現在、NCYMを抑制する薬剤を開発することを目標として研究を展開している。具体的にはNCYMの転写制御(2, 3)やNCYMタンパク質の立体構造を解析することで(4)、発現量や機能を抑制する薬剤の開発を目指している。

進化腫瘍学 図1

図1. MYCN/NCYMTgマウスは遠隔転移を伴う神経芽腫を発症する

 

MYCNのみを過剰発現する既存のマウスモデルでは転移は稀であるが、ヒトにのみ存在する遺伝子NCYMを共に過剰発現するマウス(MYCN/NCYMTgマウス)は高頻度で遠隔転移を自然発症し、ヒト神経芽腫の病態をより良く反映する。

 

2. 進化における遺伝子誕生機構の解明とがん進化への応用

進化学的な解析からNCYMはヒト亜科においてlong noncoding RNAから進化したcoding遺伝子であることが明らかになった。すなわちNCYMは「進化において遺伝子がいかに誕生するか」という生物学における未解決の問題を解く鍵となる遺伝子である。我々はNCYMのRNA配列から着想を得て、任意のRNA配列からcoding遺伝子である確率を一意に計算できる指標ORFドミナンス(ORF-D)を考案した(5)。 ORF-Dを100種以上の生物種のトランスクリプトームで計算したところ、ORF-Dが遺伝子誕生やゲノム変異率といったミクロな進化と絶滅といったマクロな進化を統合的に理解するのに役立つことがわかった(図2)。さらにがん進化においてもトランスクリプトーム全体のORF-Dが変化することを見出した(6)。今後はORF-Dの変化が、治療抵抗性や転移能の獲得といったがんのマクロな表現型進化の駆動力になるかを検証する。

進化腫瘍学 図2

図2. 個体数減少への対抗策としての遺伝子誕生

 

新しい環境により個体数が減少するとコーディング/ノンコーディングRNAの境界が曖昧になり遺伝子誕生の確率が高くなる。

 

最近の主な業績

  1. Suenaga Y., et al, NCYM, a cis-antisense gene of MYCN, encodes a de novo evolved protein that inhibits GSK3β resulting in the stabilization of MYCN in human neuroblastomas, PLoS Genetics 10(1): e1003996 (2014) 
  2. Suenaga Y.,. et al., TAp63 represses transcription of MYCN/NCYM gene and its high levels of expression are associated with favourable outcome in neuroblastoma. Biochem Biophys Res Commun. 518,311-318 (2019). 
  3. Nakatani K., et al., Inhibition of OCT4 Binding at the MYCN Locus Induces Neuroblastoma Cell Death Accompanied by Downregulation of Transcripts with High-Open Reading Frame Dominance. bioRxiv 2023.06.08.544289 (2023) 
  4. Matsuo T., et al., Secondary Structure of Human De Novo Evolved Gene Product NCYM Analyzed by Vacuum-Ultraviolet Circular Dichroism. Front. Oncol. 11:688852. (2021) 
  5. Suenaga Y., et al., Open reading frame dominance indicates protein-coding potential of RNAs, EMBO Rep. e54321 (2022) 
  6. Suenaga Y., et al., Global changes in open reading frame dominance of RNAs during cancer initiation and progression. bioRxiv 2023.06.02.543339 (2023)