サービス停止情報

現在情報はありません。

ここから本文です。

更新日:平成30(2018)年2月9日

(勝浦市)お仙ころがし

内容

むかし、房州大沢一帯を領地にした、古仙家(こせんけ)という豪族がありました。

古仙家は、代々領内の人たちをよくめんどう見たので、みんなから大変親しまれていました。

あるとき、古仙家では、かたいおきてを破り、年貢を高くすることに決めました。領内のはげしい不満の声もよそにして、見る見るうちにさらにお金持ちになりました。

ところが、古仙家の夫婦の間には、子供がありませんでした。夫婦はいろいろ手をつくしましたが、神だのみより仕方がなくなり、9月13日の月姫にお願いしました。ようやく願いかなって、翌年かわいい女の子が生まれました。

「これこそ月姫さまのお授け下さった子だ」

と領主は仙という名をつけ、年貢にあえぐ領内の人たちとは別に、古仙家はよろこびにつつまれていました。

お仙は、大きくなるにつれて美しくなって、父と母のかわいがり方はいっそう深まりました。お仙の好きなものはなんでも買ってやりましたが、父と母はそれでもまだ物足りないくらいでした。

ところが、領内の人たちはこうした蔭で、だんだん重くなる年貢にすっかり困ってしまいました。血気にはやる若者たちは、

「仙の顔も三度だっぺ、悪領主をやっつけて、この大沢をむかしの土地にしべえじゃねえか」

といきり立ちました。こうしたたびごとに老人たちにとめられ、仕方なく泣き寝入りをしてしまいました。

こうしたことが、いつの間にか賢いお仙の耳に入りました。ちょうどお仙は13歳になっていました。ある日、思いあまったお仙は両親に向かって、

「仙からお願いがございます。おききください。本当に仙がかわいいのでしたら、私の着物は木綿にしてください、下々の近頃の苦しみをきく仙の心は苦しいのです」

とかたい決心をのべました。さすがの父も、このいじらしいお仙の言葉に、

「それほどいうなら仙よ、お前の心のままにするがいいぞ」

とゆるしてくれました。

お仙が娘盛りの18歳になった夏のことでした。稲の穂は重くみのり、領内の人たちは久しぶりにあかるい顔になりました。しかし、領主はこの豊作に目をつけ、さっそく回状を出して、今年から6分4分の割合で年貢を納めるよう伝えました。

一番はじめに回状を受け取った男は、隣りへ持ち込み、

「あんだ回状か、あんて書いてあるのかしらねえが、どうせろくなことじゃねえだっぺ」

「おいさ、おれもさっぱりわからねえよ」

とつぎつぎに回状をまわしたものの、だれにも6分4分の年貢の納め方がわからず頭をひねりました。

ようやくわかったのは、名主の久右衛門のところでした。字の読めない人ばかり大勢集まったなかで、回状を持ち、

「みんな、よくきけよ、6分4分というのはな、6分が領主で、残りの少ない4分が作人のもんだ」

と説明し終わると、これをきいた人たちは、たちまち真剣な顔になり、

「おらあ、今度こそ命をはってもいやだ」

と一人がいいだしたところ、

「おれもそうだ、おれもそうだ」

と大変なさわぎになってしまいました。

名主は仕方なく、また立ち上がり、

「みんながこうしておこるのも無理はねえ、だがこのままじゃおとがめがあるぞ、そればかりじゃなく、先代さまにも申し訳がねえ、ここんところは名主のわしにまかせてくれねえか」

となだめて、さっそく書面を持って領主のところへお願いに行きました。

ところが、欲に目のくらんだ領主は、名主の静かな願いもきかず、頭から噛みつくような応待でした。ところが隣の部屋で心配していたお仙は、大変なことになったと心を決し、

「おとっつあん、望みがかなった豊作だからといって、6分の取立てじゃ百姓が困ります。生きる瀬がないでしょう、仙はきれいな着物も、ぜいたくな食べ物もほしくありません、どうか百姓の願いをきいてやってくんなさい」

と必死に頼みました。それでも父のは、どうしてもわかってもらえませんでした。

こうしているうちに、秋の祭りの日が来ました。

その夜のことです。祝いの酒に酔いつぶれた領主を、火の玉のようになった若者たちがおそい、とうとう神輿をもむようにかつぎ出し、目もくらむ断崖から投げ落としてしまいました。

翌朝集まった人々は、

「どうだい、欲の固まりも、ゆんべはいい往生をとげたっぺ」

「ああ、そのとおりだよ」

「どうだこれから、そのざまを見てやるべえ」

と断崖をぞくぞくと降りて行きました。しばらくたって先の方から「ああっ」という声がしたので、仲間はおどろき駆けよったところ、なんとそこには、みんなから親しまれ頼りにされていた、お仙のいたましい死体がありました。

だれもお仙が父の衣裳を身につけて、身替わりになっていたことを知りませんでした。人々はおどろき、不覚を恥じて、変わりはてたお仙をなかにして男泣きに泣きつづけました。

こうしたことがあってから、おせんころがしという地名ができたということです。

 

出典・問い合わせ先

  • 出典:「広報かつうらNo.579・No.581」(歴史散歩道「千葉県の民話」
  • 問い合わせ先:勝浦市外部サイトへのリンク

ページの先頭へ戻る

よくある質問

お問い合わせ

所属課室:環境生活部県民生活・文化課文化振興班

電話番号:043-223-2408

ファックス番号:043-221-5858

※内容については、お手数ですが「問い合わせ先」の各市町村へお問い合わせください。

より良いウェブサイトにするためにみなさまのご意見をお聞かせください

このページの情報は役に立ちましたか?

このページの情報は見つけやすかったですか?