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更新日:令和6(2024)年2月19日

ページ番号:6013

(印西市)草深原の狐

内容

ひれ~ひれ~あの草深原が、まだいちめん雑木林で覆われていたころの話。
吉田とゆうとごんに、一軒の菓子屋があった。

そん菓子屋の親じは、三日おぎに天びん棒で菓子箱かづって
ぎっちらおっちら、あん、ひれ~ひれ~草深原を横切って
木下っちとごんまで、菓子を仕入れに通った。
ところで吉田がら草深原へ、ちっとへえったとごんに、元屋しきどんとゆう一軒の農家があって、
そこには「カメ」とゆう一匹の子犬がえた。
菓子屋の親じは、犬がでえきれえだった。だけんど、どうしてもそごんとごん通んねと、木下へは出らんね。
そこで親じは、そごんとご通るたび、必ず菓子かせんべをカメにやって、ほえらんねように手なづけた。
カメは、いつんまにか親じの通る時間を覚えてしまい、親じの通るのをちゃんと門先でまつようになった。


雑木林の木の葉も黄色に色づき、すすきの穂も狐のおっぽみたいに白くなりはじめた秋の日のうっすらはださむい日だった。
例によって、親じは木下がら菓子を仕入れてけえって来た。やがて宗甫っちとごんを過ぎて、いよいよ草深原にへえるころおい、おてんとさまはまだ四ひろも五ひろもの高さにあった。

ふと前の方を見て親じは驚いた。カメの奴が、チョコンと道の真ん中にすわって親じをまってるじゃねえが。
不思議に思ったが何時もんように菓子をやって「カメが。よしよし、こごまで迎えに来てくったが」と喜んだ。
カメは菓子をくわえっと、やおら立ってすたすた歩ぎ出した。親じも菓子箱をがづって、威勢よぐ歩ぎだした。
「カメまてカメまて」の掛声でカメのあとについていぐ。

カメは、十メートルさぎ、二十メートルさぎとちょいちょい振りけえっては、尻尾を振ってこいこいやっている。
親じも喜んで「カメまて、カメまて」を繰りけえしながら、いっしょうけんめ、天びん棒のきしむ音に合わせて走った。
いつしか日が暮れて、あたりはすずめ色になってきた。とっくに下草深さ出なくちゃなんねころだのに、まだ林んながを親じは走り続けていた。
とうとう夜んなった。カメは依然として先さ立ってこいこいをやっている。
「カメまてカメまて」の声もかすれてすっかりくたびれちゃったころ、先の方にあがりを見つけた。くたくたに疲れた体にむちうって、ようやぐ人家にたどりついた。
そごは、伊兵エどんのいえだった。庭先さ菓子箱をおろしたとたんカメの姿は、ふっとふっけすように消えてしまった。
家の人を起こして道をきいた。伊兵エどんが見っと顔見知りの菓子屋だ。晩秋の朝明げ前ははだ寒い。「カメまてカメまて」で走り続け、汗だぐの体も休むといっそうさびくなる。ガチガチ歯を鳴らしてふるえている親じを家んながさ入れ、火をたいてあっためてやった。

ところが、親じにはなんとも気がかりなことがもちあがった。伊兵エどんの顔が、妙に長細くまるで狐の顔だ。出て来たおかみさんの顔も、やっぱし細長く狐の顔だ。
「やあ~、まえったまえった。こらあ、狐の宿さ来ちゃったがな」と親じは思った。
しょんべんをするふりして外さ出て、ひさしの柱をなでてみた。丸い。

ながさへって、家の柱をなでてみた。四角だ。二度三度くりけえしてみたが、やっぱし同じだ。「確かに人の家だけどなあ」
とてもじゃねえがお茶はごっつぉになれぬ。
やがて、あたりがだんだん明るぐなって来た。すっと伊兵エどん夫婦の顔も、だんだんみじがぐなって来た。夜がすっかり明げると伊兵エどん夫婦の顔は普通の人の顔に戻って来た。
ようやぐ安心して、お茶をごっつぉんなって、親じはゆんべまでのことを話した。伊兵エどんは笑いながら
「いやあ、そらひでぇ目にあったもんだなあ。この辺にゃ、悪がしけ狐がすんでっから、草深原通る人は、よぐだまされんだわ」
そういって家まで送ってやろが、といってくったが、「もう、だまさんめ」笑いながらことわり、家族の心べぇしているわが家へと帰っていった。

(原話:朝比奈哲)

 

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