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更新日:平成29(2017)年11月29日

日本の税の歴史について知ろう

日本の税に関する最も古い記録は、3世紀頃の中国の魏志倭人伝にあります。それから1800年続いている日本の税金を時代ごとに学習しましょう。

弥生時代

3世紀頃、魏志倭人伝に日本の税に関する最初の記述があり、卑弥呼が支配する邪馬台国では、税が納められていたと記載されています。

飛鳥・奈良時代

645年、新しい税制制度を含む唐にならった国づくりを目指し改革に着手しましたが(大化の改新)、その実現にはこののち50年ほどかかりました。

豆知識

租・庸・調は、中国の唐の制度を、日本独自の租税制度として確立したものです。

租は農民に課税され、税率は収穫の約3%でした。庸は都での労働(年間10日間)又は布を納める税、調は布や絹などの諸国の特産物を納めるものでした。

また、地元で60日間、土木工事などで働く「雑徭(ぞうよう)」というものもありました。

平安・鎌倉・室町時代

平安時代には大きな寺社や貴族の荘園が各地にでき、農民は土地を所有する豪族に対して年貢や公事(糸・布・炭・野菜など)、夫役(労働で納める税)などを納めました。

鎌倉時代は守護、地頭や荘園領主の下で経済が発達しますが、この時代においても農民には年貢のほかに公事と夫役が課せられていました。

室町時代には、税の中心は年貢でしたが、商業活動の発達により商工業者に対しても税が課せられ、街道に設けられた関所では、関銭(通行税)などが税として課せられました。

安土桃山・江戸時代

天下統一を果たした豊臣秀吉は、全国の土地調査を行い、農地の面積だけでなく、土地の良し悪しや農地の収穫高などを調べて年貢をかけました。これを太閤検地といいます。当時の税率は、二公一民といい、収穫の三分の二を年貢として納めるという大変厳しいものでした。

この田畑の収穫高に応じて課税する年貢は、江戸時代になってもそのまま受け継がれました。また、商工業者に対する税も、運上金・冥加金(株仲間と呼ばれる同業者に商売の特権を認める代わりに納める税)といったかたちで納められました。

明治時代

明治政府は、明治6年(1873年)に地租改正を実施し、地価の3%に課税しました。また、所得税や法人税が導入されたのも同じ明治時代で、それぞれ1887年、1899年です。

ちなみに所得税は、所得金額300円以上の人のみを対象とし、納税者は当時の人口の約0.3%しかいなかったため、『名誉税』とも呼ばれていたそうです。

大正・昭和時代

大正時代から昭和初期にかけては、戦費調達のため、増税が続きました。一方で、現在ある税のしくみができ始めたのもこの頃です。

また、戦後の昭和21年(1946年)には新しい憲法ができ、<1>こどもに教育を受けさせる義務、<2>勤労することの義務、<3>税金を納める義務、の三大義務が定められました。

昭和25年(1950年)にはシャウプ勧告に基づき税制改革が行われました。この勧告の考え方は、今日においても税制度の基盤であるといわれています。

平成時代

平成元年(1989年)に、商品の販売やサービスの提供に対して3%の税金を納める消費税の導入や所得税の減税などを含む大幅な税制の改革が行われました。この消費税は1997年(平成9年)から5%に、2014年(平成26年)から8%になりました。

よくある質問

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