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更新日:令和7(2025)年1月21日

ページ番号:727060

漁婦(浅井忠筆)

(ぎょふ あさいちゅうひつ)

漁婦(浅井忠筆)

種別

県指定有形文化財(絵画)

指定日

平成31年3月5日

所在地(所有者)

千葉市中央区中央港1丁目104(千葉県)

千葉県立美術館

概要

浅井忠の画歴は、1)明治9年(1876)に工部美術学校画学科に入学し、イタリア人教師アントニオ・フォンタネージに師事する以前、2)工部美術学校修学時代(明治9年-明治10年【1877】)、3)十一会設立から明治美術会前期までの時代(明治11年【1878】-明治26年【1893】)、4)明治美術会後期から渡欧まで(明治26年-明治33年【1900】)、5)滞欧期(明治33年-明治35年【1902】)、6)京都時代(明治35年-明治40年【1907】)に大別される。フォンタネージは、イタリア絵画史においてバルビゾン派風の風景表現をイタリアに紹介した画家と位置づけられており、日本においても豊かな自然やその中での人の営みを好んで描き、詩情豊かな作品を残した。フォンタネージに師事した浅井も、その画風に学び、農村・漁村の風景を好んで描いている。3期と4期では、1893年夏にフランス留学から帰国した黒田清輝が印象派風の光の表現をもたらした頃を転機として、色調に相違が認められる。「漁婦」はそうした4期の画風をよく表す作品であり、フォンタネージに学んで以降、豊かな自然やその中での人の営みを絵画の主題とし続けた浅井の画家としての特色を示す一点でもある。

 本作品の画面左下には「C. Asai 1897」とサインがあり、先学により、1897(明治30)年1月に外房州根本海岸へ旅行した際に制作され、同年春に開催された第8回明治美術会に出品されたことが明らかにされている。画家自身が展覧会出品作としてふさわしいと認識していた作品でもあり、浅井の画歴の中で重要であるのみならず、日本近代絵画史上でも重要な作品である。

お問い合わせ

所属課室:教育振興部文化財課指定文化財班

電話番号:043-223-4082

ファックス番号:043-221-8126

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