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更新日:令和6(2024)年2月19日

ページ番号:6010

(勝浦市)乳イチョウ

内容

勝浦の高照寺というお寺の境内になあ、根まわり十メートルもある大イチョウがあるんじゃ。

 

太い幹から横枝が伸び、横枝のもとの方から、まるで牛の乳のようなものが百以上も垂れさがっている。その長さはいろいろで、長いものは地中まで伸びて先が見えない。途中までさがっているものからは、今にも白い乳がぽたぽたと零れおちそうなんじゃ。土地の人たちは、この木のことを「乳イチョウ」と呼んでいる。

今から千年余りも昔のこと。勝浦あたりは、冷害でイネが実らなかった。畑の作物もよう採れなかった。ちょうど花の開く時期に雨ばかり降っていたから、木の実も実らなかった。悪いことは重なるもので、頼みの海もシケ続きで、魚も採れん。ときどき、コンブの切れ端が打ち寄せるぐらいでなあ。

漁とわずかばかりの田畑から採れるもので暮らしていた茂兵衛どんの家では、ろくに食うものもなくなった。少しばかりのアワにイモを入れて、ぐつぐつ煮たイモがゆに、ダイコン葉の塩づけがごちそうだった。娘のおきぬさんは、生まれてまもない赤ん坊がいるのに、さっぱり乳が出んようになってしもうた。

それもそのはず、しゅうとめのばあさんが、鍋をぐるぐるかきまわして、

「子守りで、ろくに仕事もしねえ嫁は、そんなに腹もすかねえべのう」

といって、おきぬさんにしゃもじをまわしてよこさない。

(赤んぼうのぶんまでたべて、乳をいっぱいだしてやりたい)

そうおもっても、一ぱいのイモがゆのほかは口にするものがない。乳もだんだんでなくなって、おきぬさんはやせほそってしもうた。

秋もなかばの月のあかるい晩のこと、おきぬさんは、赤んぼうをせおってそとにでた。

水のたまった田んぼに、月がうつっていた。

リリリリーリィル

リィルリリリリ

秋の虫が、さかんにないていた。

(虫けらはいいのう。草のつゆすすっても、あんなにげんきにうたってる。おらは、もう、つかれてしもうた。赤んぼうも、やせてぐったりして、なく声もでんようになって、おらぁ、せつない。子どもといっしょに、海にはいってしもうたほうがいい…)

あぜ道をあるく母と子のかげぼうしが、田んぼの水にゆらゆらうつった。

「なあ、ぼう、ちっとも乳のでないわるいかあちゃんをかんにんしておくれ」

海にむかうとちゅう、高照寺のまえまでくると、本堂の戸がひらいていて、お坊さんのお経をよむ声がきこえてきた。

おきぬさんは、お経の声にひきこまれるように、すぅっとお寺にはいっていった。そして、本堂のまえにつっ立ったまま、お経にききいっていた。

読経をおわって本堂からでてきたお坊さんは、子をせおい、ゆうれいのように立っているわかい母親にはじめて気がついた。

「そとはひえるじゃろう。さあ、中におあがんなさい」

庫裡にあげてもらい、お坊さんがたててくれたお茶をのんでいるうち、おきぬさんは心とからだにあたたかいものがながれて、なみだがこみあげてきた。

「なにか、かなしいことでもあったのかな」

「はい、乳がちっともでなくて…。子どもがかわいそうで、このまま生きているのがつらくなりました」

「そうか。それはつらいことじゃのう。子ども思いのそなたのやさしい気もちを仏さまに伝えて、乳がでるよういっしょうけんめいおいのりしてあげよう」

お坊さんは、本堂の仏さまのまえにすわって、お経をあげながら夜ふけまでいっしんにいのってくれた。

「さあ、今夜はゆっくりおやすみ。あしたの朝は、きっと乳がでるからのう」

おきぬさんは、お坊さんのやさしい心になぐさめられて家にかえった。

つぎの朝、むねがはっておもたいかんじで目がさめると、まっ白い乳がぽたぽたあふれでて、きものをぬらしていた。

赤んぼうをだきよせると、ごくごくのんだ。小さな手で、乳になんどもさわってのんだ。

「ありがとうございます」

おきぬさんの目はなみだでいっぱいになり、お寺のほうにむかって手をあわせると、なんどもお礼をいった。

 

ありがたいお経のおかげで、乳がでるようになったというおきぬさんの話は、村から村へとつたわった。

乳がでなくてこまっていた人びとが、まい日のように高照寺へやってきて、お坊さんにたのんだ。お経をあげてもらった人は、かならず乳がでるようになり、おおくの子どもがげんきにそだった。

お坊さんがなくなると、村里の人びとは、そのりっぱな徳をしのんで、墓に一本のイチョウの木をうえたんじゃ。

イチョウの木が大きくなると、よこ枝から乳のようなものがたれさがったので、人びとは、この木を『乳イチョウ』とよぶようになった。そして、お坊さんの徳をついだのか、この木におまいりすると、かならず乳がでるようになり、ねがいがかなえられたということじゃ。

 

出典・問い合わせ先

  • 出典:「広報かつうらNo.575・No.577」(歴史散歩道「千葉県の民話」
  • 問い合わせ先:勝浦市外部サイトへのリンク

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