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更新日:平成29(2017)年6月1日

ゆかりの人物

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千葉県ゆかりの人物一覧
名称 所在地 概要
篠原国幹 習志野市 「習志野」の地名発祥に関わる人物。
鳳凰馬五郎外部サイトへのリンク 習志野市 習志野出身の明治時代の関取。
村上綱清 八千代市 室町時代後期の米本城主・村上綱清。
星  襄一外部サイトへのリンク 八千代市 世界的な版画家。市内に在住。
齋藤その女外部サイトへのリンク 船橋市 天明元年(1781)頃、大穴村に生まれた女流俳人。
観信外部サイトへのリンク 船橋市 江戸時代の木喰僧で薬円台に高幢庵を開く。
狩野浄天夫妻外部サイトへのリンク 市川市 谷地川から浦安に流れる灌漑用水路建設の功労者。
水木洋子外部サイトへのリンク 市川市 日本映画の黄金時代を支えた女性脚本家の草分け。
北原白秋外部サイトへのリンク 市川市 大正5年(1916)閑静な場所を求めて真間に移り住む。
永井荷風外部サイトへのリンク 市川市 昭和21年(1946)に市内菅野に移り住む。
東山魁夷外部サイトへのリンク 市川市  戦後まもない1945年から1999年に逝去するまで市内に住む。記念館あり。
鈴木貫太郎外部サイトへのリンク 野田市 終戦時の内閣総理大臣として活躍。記念館あり。
関根金次郎外部サイトへのリンク 野田市 近代将棋界の父とされる13世名人。
近藤  勇外部サイトへのリンク 流山市 最後に陣を敷き、ここで捕らえられる。
小林一茶外部サイトへのリンク 流山市 流山の商家・秋元三左衛門(俳号・双樹)のもとをたびたび訪れた。
笹岡了一・秋元松子外部サイトへのリンク 流山市 洋画家。創作活動とともに後進の指導にあたる。
秋元洒汀 流山市 文化活動に取り組み、横山大観、菱田春草らを援助。
吉野  誠外部サイトへのリンク 流山市 写真家。芸術写真の一技法であるゴム印画法に優れる。
岡田 武松外部サイトへのリンク 我孫子市 日本の気象観測事業の確立に貢献した気象学界のパイオニア
嘉納治五郎外部サイトへのリンク 我孫子市 講道館を創設し、柔道の発展に貢献する。明治末年に別荘を構える。
坂西志保外部サイトへのリンク 我孫子市 評論家。杉村楚人冠邸内に一時期過ごす。
志賀直哉外部サイトへのリンク 我孫子市 「小説の神様」と称される。大正4年から12年までに弁天山在住。
杉村楚人冠外部サイトへのリンク 我孫子市 戦前の朝日新聞最高幹部。大正13年に移住。
瀧井孝作外部サイトへのリンク 我孫子市 大正11~12年まで居住し、「無限抱擁」などを発表。
田口 静外部サイトへのリンク 我孫子市 地域住民に「赤ひげ先生」と慕われた医師。
血脇守之助外部サイトへのリンク 我孫子市 野口英世の育ての親。歯科医師会に大きく貢献。
中  勘助外部サイトへのリンク 我孫子市 夏目漱石門下の一人。「沼のほとり」などの作品を残す。
中野 治房外部サイトへのリンク 我孫子市 手賀沼も含めた湖沼の植物研究から出発した植物学者。
バーナード・リーチ外部サイトへのリンク 我孫子市 大正5年に移住したイギリスの陶芸家。
武者小路実篤外部サイトへのリンク 我孫子市 大正5~7年まで居住。「新しき村」の発会式を行う。
柳  宗悦外部サイトへのリンク 我孫子市 大正3年から居住。この間、民芸運動の思想を形成。
柳 兼子外部サイトへのリンク 我孫子市 「日本の声楽の母」と称えられている。宗悦の妻。
柳田國男外部サイトへのリンク 我孫子市 少年時代の一時期を過ごす。
山下 清外部サイトへのリンク 我孫子市 放浪の画家。昭和16年頃から昭和21年頃まで、駅弁屋「弥生軒」のもとに身を寄せた。
村川堅固外部サイトへのリンク 我孫子市 西洋史の大家。別荘を構える。
土井利勝外部サイトへのリンク(佐倉市の文化財脚注7) 佐倉市 徳川家光を助け、幕府の基礎固めに尽力。佐倉藩主。
堀田正盛外部サイトへのリンク(佐倉市の文化財脚注8) 佐倉市 佐倉藩主。幕府の年寄として活躍。徳川家光に殉死。
堀田正順外部サイトへのリンク(佐倉市の文化財脚注12) 佐倉市 佐倉藩主。寺社奉行、大阪城代、京都所司代などを歴任。
堀田正睦外部サイトへのリンク(佐倉市の文化財脚注14) 佐倉市 佐倉藩主。幕府老中として開国を説く。
堀田正倫外部サイトへのリンク(佐倉市の文化財脚注17) 佐倉市 最後の佐倉藩主。佐倉地方の産業、発展に貢献。
雷電為右衛門外部サイトへのリンク(佐倉市の文化財脚注10) 佐倉市 臼井で相撲興行を行う。妻・八重は臼井の出身。
佐藤泰然外部サイトへのリンク(佐倉市の文化財脚注13) 佐倉市 順天堂を開き、診療と医学教育に尽力。
西村茂樹外部サイトへのリンク(佐倉市の文化財脚注15) 佐倉市 明治初期、士族授産のため製茶業、製靴業を興す。
松本  順外部サイトへのリンク(佐倉市の文化財脚注16) 佐倉市 陸軍軍医総監として軍医学の発展に大きく貢献。
香取秀真外部サイトへのリンク(佐倉市の文化財脚注18) 佐倉市 金工作家。文化勲章受賞。
太田図書外部サイトへのリンク(「墓・碑など」1) 佐倉市 太田道灌の甥。臼井城跡の傍にある石碑が墓という。
川口宗重外部サイトへのリンク(「墓・碑など」3) 佐倉市 葛飾郡臼井500石を知行。
浅井  忠外部サイトへのリンク(佐倉市ゆかりの人物4) 佐倉市 日本の洋画の先駆者。少年時代を市内で過ごす。
津田梅子外部サイトへのリンク(佐倉市ゆかりの人物5) 佐倉市 日本の女子教育に尽力。佐倉藩士の娘。
水野葉舟外部サイトへのリンク 成田市 歌人。大正13年、駒井野に移住。
伊能忠敬外部サイトへのリンク 香取市 我が国最初の実測日本地図を作成。
佐藤尚中 香取市 佐倉順天堂の佐藤泰然の養子となり業績を残す。
初代松本幸四郎 香取市 歌舞伎界の名優。延宝2年(1674)生まれ。
鉄牛和尚 東庄町 椿海千拓の功労者。
笹川繁蔵外部サイトへのリンク 東庄町 有名な「天保水滸伝」の主人公。

平手造酒外部サイトへのリンク(「天保水滸伝(笹川繁蔵)」内)

東庄町 紀州の浪人で、笹川繁蔵の客人。
勢力富五郎外部サイトへのリンク(「天保水滸伝(笹川繁蔵)」内) 東庄町 笹川繁蔵の一の子分。金毘羅山で自刃。
千葉胤直・胤宣外部サイトへのリンク 多古町 胤直は鎌倉幕府の重鎮。千葉氏の内紛で敗れる。胤宣は息子。15歳で父と同じく自刃。
飯篠家直外部サイトへのリンク 多古町 天真正伝香取神道流の流祖。
木食上人外部サイトへのリンク 多古町 断食行の後、静かに入定。

国木田独歩外部サイトへのリンク(「川口・黒生・海鹿島エリア」2)

銚子市 明治4年(1871)、銚子に誕生。
竹久夢二外部サイトへのリンク(「川口・黒生・海鹿島エリア」3) 銚子市 明治末期~大正にかけて活躍した叙情画家・歌人。
小川芋銭外部サイトへのリンク(「川口・黒生・海鹿島エリア」4) 銚子市 洒脱な俳画は広く愛好される。銚子の別荘に滞在。
尾崎咢堂外部サイトへのリンク(「川口・黒生・海鹿島エリア」5) 銚子市 政界の重鎮銚子へ何回か訪れた。
濱口陽三外部サイトへのリンク(「川口・黒生・海鹿島エリア」10) 銚子市 銅版画の技法メゾチントを20世紀に復活させた。
渡辺學外部サイトへのリンク(「川口・黒生・海鹿島エリア」11) 銚子市 画家。漁業の町銚子で生まれ育つ。
尾張穂草外部サイトへのリンク 銚子市 歌人。出版関係の要職も兼ねる。
大原幽学外部サイトへのリンク 旭市 幕末に旭市を中心に農村指導者として大きな事績を残した。
辻内刑部 旭市 椿海開拓の功労者。
花香安静 旭市 和算の奥義を究める。東福寺境内に墓あり。
剣持章行 旭市 和算の大家として関東一円に門人をもつ。
宮負定堅・定雄外部サイトへのリンク(「歴史・文化財 あさひ温故知新」内) 旭市 松沢村の名主の家柄で、国学者の父子。
石毛新兵衛・石毛治兵衛 旭市 入会権めぐり、寛文7年(1677)に処刑された名主二人。
木曽義昌外部サイトへのリンク(「歴史・文化財 あさひ温故知新」内) 旭市 木曽義仲から19代目の子孫。
金谷総蔵外部サイトへのリンク(「歴史・文化財 あさひ温故知新」内) 旭市 落花生の栽培普及に情熱をささげる。
濤川 惣助外部サイトへのリンク(「「蛇園出清水地区の自然」内) 旭市 世界が絶賛した日本の七宝焼きの中興の祖。
穴澤松五郎外部サイトへのリンク(「歴史・文化財 あさひ温故知新」内) 旭市 さつまいも育成開発に尽力した昭和の青木混陽。
飯岡助五郎外部サイトへのリンク 旭市 網元として海岸に護岸を築くなどの功績もあった。
海上胤平外部サイトへのリンク 旭市 東郷平八郎が師事した歌人。
櫻木誾斎外部サイトへのリンク 東金市 朱子学を納め、東上総地域の庶民を教導。
日殷上人外部サイトへのリンク 東金市 天正11年(1583)、大僧正となる。東金・本漸寺4世。
植松是勝外部サイトへのリンク 東金市 自宅に塾を開き関流和算を教授。地域の教育に貢献。
久我政右衛門外部サイトへのリンク 東金市 儒学の師匠として近隣の子弟を教える。
大木忠篤外部サイトへのリンク 東金市 上総道学の大家・稲葉黙斎の門人。
徳川家康外部サイトへのリンク 東金市 鷹狩のため東金御殿(現・東金高校)を造営。
関  寛斎外部サイトへのリンク 東金市 蘭学医。江戸から明治にかけて活躍。
高村光太郎外部サイトへのリンク 九十九里町 昭和9年、妻の智恵子は九十九里浜で病気療養。
目黒自琢外部サイトへのリンク(見る→文学と史蹟の町・九十九里」 九十九里町 優れた儒学者。この地で多くの門人を教育。
伊藤左千夫外部サイトへのリンク 山武市 明治時代~大正時代に活躍した、歌人・小説家。
稲葉黙斉外部サイトへのリンク 山武市 上総地域に広まった朱子学「上総道学」の総師。
安井理民外部サイトへのリンク 山武市 鉄道開設に立ち上がり、総武線の開発に生涯を捧げる。
牧野萬右衛門外部サイトへのリンク 山武市 落花生栽培の先駆者。
鈴木荘内(養察)外部サイトへのリンク 山武市 塾「姫島学舎」を開いた上総道学の先駆者。
和田守道(儀丹)外部サイトへのリンク 山武市 上総道学の先駆者。
覚眼法印外部サイトへのリンク 山武市 荻生徂徠を庇護・援助する。
大高善兵衛外部サイトへのリンク 山武市 江戸時代末期、社会福祉事業に尽力。
日親上人外部サイトへのリンク(「妙宣寺の史跡」内) 山武市 赤く焼けた鍋をかぶらされても信念を通す。
鈴木伊平外部サイトへのリンク(横芝町ふるさと探訪→明光院説明内) 横芝光町 両総用水事業の発案者で名村長といわれた人物。
小錦八十吉外部サイトへのリンク 横芝光町 異例の若さで横綱に昇進。
伊藤東一路 横芝光町 横芝光町北清水の医師。
伊藤紫洞 横芝光町 横芝光町屋形出身の教員。
伊藤鉄弓 横芝光町 横芝光町新島出身の教員。
海保漁村外部サイトへのリンク 横芝光町 佐倉藩主・堀田正睦に孔子・孟子を講義。
荻生徂徠外部サイトへのリンク 茂原市 逆境にあった若き日、この地で勉学にいそしむ。
白鳥庫吉外部サイトへのリンク 茂原市 東洋史の世界的権威生誕の地。
常泉桃村外部サイトへのリンク 茂原市 国学を修め、村の発展につくす。
東條一堂外部サイトへのリンク 茂原市 江戸時代の大儒学者。
お馨さん(本名石倉よし)外部サイトへのリンク 茂原市 徳富蘆花「梅一輪」の主人公。
芥川龍之介外部サイトへのリンク 一宮町 5年(1916)に作家・芥川龍之介が滞在。
加納久宜外部サイトへのリンク 一宮町 明治2年(1869)に一宮藩知事となる。
加納久徴外部サイトへのリンク 一宮町 幕末の藩主。砲台等を造らせる。
前田普羅外部サイトへのリンク 白子町 高浜虚子門下の四天王の一人。
渡辺辰五郎外部サイトへのリンク 長南町 最初の裁縫教科書を編集。東京家政大学の創始者。
大森金五郎外部サイトへのリンク 長南町 日本史学、特に鎌倉時代の武家の研究に力を注ぎ、頼朝研究でも大きな功績を挙げています。
半場里丸外部サイトへのリンク いすみ市 小林一茶等有力俳人と親交をもち、芭蕉句碑を建立した記念選集『杉間集』を刊行。
田丸健良外部サイトへのリンク いすみ市 安永3年(1774)生まれの文化人。「房総志料続篇」を著した。。
東一貫斉 いすみ市 安永元年生まれ文化人。学徳を偲び門人が筆塚建立。
矢代東村 いすみ市 町内長志出身の歌人。
ドン・ロドリゴ外部サイトへのリンク 御宿町 慶長16年(1609)遭難した前フィリピン諸島長官。
竹永志保 御宿町 地頭から褒美をもらうほどの母親孝行。
後藤利兵衛橘義光外部サイトへのリンク 館山市 幕末から明治にかけて安房を代表する木彫師。
青木繁外部サイトへのリンク 館山市 明治37年(1904)の夏、小谷家に滞在し「海の幸」を描く。
日蓮聖人外部サイトへのリンク 鴨川市 日蓮宗の開祖。市内小湊で生まれる。
武志伊八郎信由 鴨川市 市内打墨で生まれ、数多くの作品を残した江戸時代の彫物大工。
古泉千樫外部サイトへのリンク 鴨川市 伊藤左千夫、齋藤茂吉、島木赤彦らとともに雑誌「アララギ」の発展に尽くし、日本近代短歌史に名を刻んだ歌人。
菱川師宣外部サイトへのリンク 南房総市 房総が生んだ浮世絵の祖。
百田宗治 南房総市 童謡「どこかで春が」作詞。昭和23年富山に移り住む。
忍足佐内外部サイトへのリンク 南房総市 重税から村民を救うため藩主に訴え、処刑される。
若山牧水外部サイトへのリンク 南房総市 名作「白鳥は悲しからずや・・・・」は根本海岸で詠まれる。
早川雪洲 南房総市 日本人最初のハリウッドスター。
小野次郎右衛門忠明外部サイトへのリンク 南房総市 徳川将軍家に採用された小野派一刀流の流祖。
源  頼朝 鋸南町 石橋山の合戦に敗れ、房総の地で再起を図る。
与三郎(「光明寺」内外部サイトへのリンク 木更津市 歌舞伎でおなじみの「切られの与三郎」。
近江屋甚兵衛 君津市 海苔養殖に大きな功績。

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