ここから本文です。

更新日:平成30(2018)年2月7日

ちばばなし4-ちば・ふるさとの学び

ちばばなし・千葉県最初の水道建設

1
♪大多喜城下にゃお嫁にゆくな

朝の暗いうちから水くみ仕事

水くみ水くみで日がくれる♪

歌にも歌われたように、140年ほど昔、大多喜城下の人達はたいへん水に困っていました。
そこで大多喜藩知事大河内正質は、城山から水を引くことを決意しました。城下の豪商小高半左衛門(柳原)が世話役となり、三上七五郎(上原)高橋四郎左衛門(小苗)等が中心になり計画を立てました。

2
明治2年11月、静かな城山にカマ、ナタ、クワやスキ、モッコを持った大勢の人夫たちが集まりました。
「みなさんご苦労さまです。工事完成のあかつきには、私たちの生活がきっと豊かになります。・・・川まで行っていた水くみもなくなります。万が一火事がおこっても、水の心配はなく・・・」
半左衛門は工事によってもたらされる豊かな生活を説明しました。そうして最期に
「・・みんなで力を合わせて働けば短期間で完成します。みなさんよろしくお願いします」
と、話をしめくくりました。
人々は半左衛門のことば一つ一つにうなずきました。

山と川のイラスト

「きれいな水が飲める」
「川まで水くみに行かなくてもいい」
「さあ、協力して働こう」
人夫たちは朝早くから夜遅くまで、一生懸命働きました。この工事で延べ5、606人が働きました。

3
明治3年5月。工事開始からわずか7ヶ月という短い日数で工事は完成しました。この短期間の完成に、半左衛門、七五郎、四郎左衛門、そして大河内正質もおどろきました。
「やったー、水がきた」
「ばんざい、ばんざい」
手を合わせ、水に深々と頭を下げて祈る人たちさえいました。
この水道は昭和29年、町営水道ができるまで約80年もの間、大多喜町民に恵みを与えてきました

おしまい

(齊藤弥四郎 ふるさと民話さんぽ 「広報おおたきNo.434」より)
〔大多喜町〕

水の流れるイラスト

枠

よくある質問

お問い合わせ

所属課室:教育庁 企画管理部教育政策課教育立県推進室推進班

電話番号:043-223-4176

ファックス番号:043-224-5499

より良いウェブサイトにするためにみなさまのご意見をお聞かせください

このページの情報は役に立ちましたか?

このページの情報は見つけやすかったですか?