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更新日:平成29(2017)年3月1日

[千葉県全体]01.「ふさの国」と豊かな県土

全国有数の農業県・千葉県と「総の国」の由来

農業県・千葉県

 千葉県の農業生産は、総計4千161億円(平成17年統計)、千葉県は全国有数の農業県で、コシヒカリ等の稲作の他、栽培品目にはネギ、カブ、枝豆、ダイコン、ニンジン、サトイモ、パセリ、菜花、ホウレン草、落花生といった、お馴染みの野菜があり、畜産物では豚肉、鶏卵、生乳などが生産されています。これらの農産物の多くは、隣接する東京に出荷されており、千葉県は首都・東京の「食」を支える重要な地域となっています。そして、このような農業生産を支えるのが、千葉県の豊かな県土なのです。

「ふさの国」の由来

 この豊かな県土を示す古代の説話が、約1200年前、平安時代の初期にまとめられた『古語拾遺(こごしゅうい)』という文献にのせられています。この文献は、宮廷のお祭りを担当した忌(齋)部(いんべ)氏の来歴を記したもので、忌部氏の先祖・天富命(あめのとみのみこと)が房総半島に移住し、麻を植えたところ良く育ったので、麻の別名・「ふさ」の名を取って、その地を「ふさの国」と名付けたとされています。「ふさの国」を上下に分けた上総・下総の国名は、奈良県明日香村石神(いしがみ)遺跡や橿原市藤原宮(ふじわらきゅう)跡で出土した木簡(文書など記した木札)に記されており、1,300年以上前の7世紀後半には成立していたと考えられ、房総が「ふさの国」と呼ばれたのは、それ以前であったと考えられます。これらの木簡に記されたフサの字は「総」ではなく、手偏(てへん)に「求」と書く文字です。この文字は、『大漢和辞典』によると「盛る」という意味がある一方、房となって実った果実を意味し、その意味から「ふさ」と読まれたのでしょう。何れにしろ「ふさの国」は、豊かで実り多い土地を示す国名だったと思われ、それは、現在の農業県・千葉を支える豊かな県土へと受け継がれているのです。

 なお、安房の国については、養老2年(718)に上総国から分かれ、その後、一時、上総国に合併されますが、天平勝宝元年(757)に再び独立、上総・下総・安房国が成立しました。名前の由来は、『古語拾遺』では四国の阿波国の忌部が移住したことによるとされています。こちらは、四国と房総の黒潮を通じた交流を物語る地名と言えるでしょう。

千葉県の衛星写真

古代の房総半島

画像提供:東海大学情報技術センター
画像処理:トリプルアイ

藤原宮出土の木簡

藤原宮出土の木簡

「己亥年(六九九年)十月上サ国阿波評松里」(つちのといのとしじゅうがつ かずさのくにあわのこおりまつさと)

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