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更新日:令和5(2023)年4月6日

ページ番号:314714

夢窓国師坐禅窟

(むそうこくしざぜんくつ)

夢窓国師坐禅窟

種別

県指定史跡

指定日

平成9年3月21日

所在地(所有者)

いすみ市能実955-2(太高寺)

概要

夢窓国師は鎌倉時代の建治元年(1275)、伊勢に生まれ幼少のうちに甲斐に移り、わずか9歳で出家し、20歳で禅宗に入門し夢窓疎石(むそうそせき)と名乗った。

造園技術や詩・書道に優れた芸術性を表し、特に天竜寺・西芳寺・鎌倉瑞泉寺などの庭園を造営し、禅宗様庭園の発達に貢献した。

「国師」は禅宗における高僧の称号で、正平6年(1351)の死後その功績を讃えて、与えられたものである。

ここに紹介する坐禅窟は、太高寺(たいこうじ)の裏の丘陵中腹に穴を掘って造られており、江戸時代の地誌類に夢窓国師の坐禅窟であることが記されている。また『夢窓国師語録巻下之二』の元亨3年(1323)の条に、正中2年(1325)秋に至る2年半、夢窓国師が太高寺の所在する千町荘に庵を結んだことが記されている。坐禅窟の入口は狭く、内室を持ち、天井中央が高くなっている。奥壁には、向かって右から左に『金毛窟』と刻まれた三文字の刻銘がある。

『金毛窟』の刻銘は、草書がかった行書体から夢窓国師の手になるものと考えられている。

お問い合わせ

所属課室:教育振興部文化財課指定文化財班

電話番号:043-223-4082

ファックス番号:043-221-8126

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