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更新日:令和7(2025)年4月21日
ページ番号:314664
(はんこうじこうどう しょうろう ころう そうもん)
講堂
重要文化財(建造物)
昭和55年5月31日
匝瑳市飯高1781-1ほか(飯高寺)
飯高寺は、匝瑳市飯高にあり飯高檀林(いいだかだんりん)とよばれた、多くの学僧が学んだ場所である。
境内建物の配置上の中心が、多くの寺院に見られる「本堂」ではなく「講堂」となっている点に特徴があり、これは僧侶の養成・教育機関としての寺院の機能がそのまま境内配置にあらわれた結果といえよう。
現在の建物は、慶安3年(1650)の火災により焼失し、その後再建されたもので、最も大きい講堂は慶安4年(1651)、水戸藩の援助で建立された。その後、何度かの修理を経て桁行26.7メートル、梁間16.2メートルで寄棟造、鉄板葺となっていたが、平成9年(1997)から平成14年(2002)の半解体修理の際の調査で、かつては屋根が入母屋造の栩葺き(とちぶき)であったことが判明し、旧に復した。
鐘楼の建立も同じ頃で、桁行1間、梁間1間、入母屋造であったが、平成4年(1992)の修理の際に屋根裏に残っていた部材などから、鉄板葺前の屋根材が判明し、栩葺きに復原されている。
鼓楼は享保5年(1720)の建立で、桁行1間、梁間1間、袴腰付で入母屋造茅葺きである。平成4年(1992)に修理された。
総門は天明2年(1782)の建立。城郭などにみられる切妻屋根のいわゆる高麗門で、当初からの銅板葺である。平成11年(1999)に修理された。
鐘楼
鼓楼
総門
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