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更新日:令和2(2020)年3月5日

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25.お花畑とサンゴ化石・洞穴(どうけつ)遺跡

房総観光のメッカ「お花畑」と地震段丘地形

お花畑の歴史

 早春の房総半島を彩るのが、南房総市の海辺に広がる「お花畑」です。南房総市千倉町白間津(しらまづ)周辺のお花畑では、1~3月、キンセンカ、ストック、矢車草、菜の花が咲き乱れ、花々を楽しむ人々でにぎわい、千葉県を代表する観光地となっています。南房総における花栽培の歴史は古く、南房総市白浜町では1919年(大正9)に温暖な気候を利用してグラジオラスとチューリップの球根栽培が始まり、1922年にはキンセンカ、カンコギクの栽培も始められました。そして、白間津周辺では、1970年代頃から水田の裏作としてキンセンカや菜の花の栽培が行われるようになり、現在のお花畑風景へと発展しました。

お花畑と地震段丘

 南房総市千倉・白浜町周辺のお花畑は、日当たりの良い階段状の地形に立地しますが、この地形が、過去の巨大地震で海底が何度も隆起して形作られた地震段丘です。最も新しい巨大地震は、今から約300年前、1703年に発生した元禄地震で、推定規模はマグニチュード7.9~8.2、房総半島南端では一気に5~6m隆起したことが地震前後の記録で確認できます。

サンゴ化石と洞穴遺跡

 さらに古い地震による環境変化の様子を具体的に物語るのが、館山市の沼サンゴ層と洞穴遺跡です。標高20m前後の高台にある沼サンゴ層は、海底のサンゴ礁が約6000年前の地震で隆起して化石となったものです。洞穴遺跡には、館山市鉈切(なたぎり)洞穴大寺山(おおでらやま)洞穴安房神社洞窟遺跡があります。これらの洞穴は、海の波の浸食で作られた海蝕洞穴で、約6000年前の巨大地震で隆起した後は、縄文人の海辺の漁撈活動の拠点として利用されました。鉈切洞穴の発掘調査では、縄文時代後期(約4000年前)の骨角製の釣針、銛(もり)、網の錘(おもり)が、多数の魚骨と一緒に出土しました。房総半島南端は、約4300年前と約2850年前の地震でもさらに隆起、古墳時代(約1500年前)の大寺山洞穴は、舟を棺として死者を葬る房総の海洋文化を象徴する葬送の場となっています。

 その後の元禄地震を含め、過去6000年間に4回の巨大地震で南房総の海岸には4段の階段状の地形、地震段丘が作られ、白浜町沢辺遺跡の発掘調査は、古代以来、ここが水田や畑に利用されたことを明らかにしました。南房総の人々は、地震による環境変化を受け入れ、それぞれの時代に合った対応をしていたのです。その歴史は、現在のお花畑にまでつながっていると言えるでしょう。

南房総市のお花畑

南房総市のお花畑

蛇切神社

鉈切神社と洞穴遺跡

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電話番号:043-223-4082

ファックス番号:043-221-8126

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