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更新日:令和4(2022)年6月7日
ページ番号:314971
(ぶじゅつ たつみりゅう)
県指定無形文化財
昭和53年2月28日
加藤紘(佐倉市岩富(昭和60年11月29日認定))
立身流は、戦国時代の永正年間(1504~1521)に伊予国に生まれた立身三京によって創流されたと伝えられている。江戸時代には佐倉藩(現佐倉市)と九州の中津藩(現大分県中津市)で伝承された。明治時代には福沢諭吉が晩年まで立身流居合をたしなんでいたことは有名である。
立身流の特色は、居合・剣術を主体とし、やわら槍術・棒術・長刀術・四刀鉄刀捕縄術・物見など実践的な総合武術となっていることである。無駄な虚飾を一切けずり捨てた剛直壮烈な剣さばき、体さばきは、江戸時代以前の戦国武道の古格をしのばせるものである。佐倉藩の演武場刀術所に採用された立身流は、明治維新後に警視庁の剣術・居合・柔術などにも取り入れられた。
現在、中津原の立身流は絶えてしまい、佐倉系のみが第22代宗家の加藤紘氏によって継承されている。
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