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更新日:令和7(2025)年1月14日
ページ番号:314914
(さどうしきせいおりべりゅう)
県指定無形文化財
昭和30年12月15日
織部桔梗会(市川市国府台(昭和44年1月10日認定))
茶道式正織部流は古田織部正重然によって創始されました。古田織部は美濃国(岐阜県)の人で、織田信長、豊臣秀吉に仕えた三万石の大名でした。茶の湯を千利休に学び、利休なきあと一流をなして、徳川二代将軍秀忠をはじめ諸大名に茶法を伝授したが、大坂夏の陣で豊臣方に内通したとの疑いをかけられ、慶長二十年(1615)切腹を命じられました。
古田織部の創始した茶道は、古田家の傍系によって代々継承され、十四代古田宗関に至りましたが、その後は古田家を離れ十五代は門下の原鐵石が、十六代は秋元瑞阿弥が式正織部流と称して継承しました。
秋元瑞阿弥は昭和三十年、千葉県指定無形文化財の保持者に認定されましたが、昭和三十八年に没し、以後は織部桔梗会が無形文化財の保持に当たっています。
式正織部流の特色は、草庵での侘茶ではなく、書院式茶室で点てることを基本とした正式な儀礼の茶ということが出来ます。
その特徴は、「見目よき格調あるもの」を尊び、
などが挙げられます。
また、古田織部は茶室や茶道具にも創意を凝らし、陶芸では織部焼を今日に伝え、さらに庭園には豊かな好みをもった織部灯篭を残しています。
その門下には本阿弥光悦や小堀遠州などがおりました。
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