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更新日:令和6(2024)年2月8日
ページ番号:315326
(しとくどうかんけいしりょう)
県指定有形文化財(歴史資料)
平成14年3月29日
木更津市文京2-6-51(木更津市)・木更津市立図書館保管
日本が、明治維新によって急速な近代化に成功した大きな理由の一つとして、江戸時代の末までに、すでに広範な教育の普及を達成していたことがあげられる。それを担ったのが幕府の昌平坂学問所から藩校・私塾・郷学・寺子屋までの様々な教育機関である。郷学は庶民の指導者教育を担った教育機関で、なんらかの公的保護・監督を受けた点が寺子屋とは異なる。
至徳堂は金人の庶民を教育する目的で文化14年(1817)に近隣の名主の「願上」により、現在の木更津市高柳字塚之腰に設立された郷学である。文政6年(1823)の扁額(へんがく)に「金田庄黌(かねだしょうこう)」とあり、文政7年(1824)の扁額には「至徳堂」とあります。「教授」「助教」「館頭」「館正」などの職掌があり、郷学として組織が整えられていた。
至徳堂では、儒学・漢詩を中心に教授していた。また、出版事業も行っていた。指定されているものは、至徳堂の歴史や経営を記す古文書12点、学問に係わる典籍205点、学舎に係わる扁額2点と拓影1点である。
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