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更新日:平成29(2017)年10月24日

大原幽学遺跡旧宅墓および宅地耕地地割

(おおはらゆうがくいせききゅうたくはか・たくちこうちちわり)

大原幽学遺跡旧宅墓および宅地耕地地割1

種別

国指定史跡

指定日

昭和27年10月1日

所在地(所有者)

旭市長部312ほか(旭市)

概要

 大原幽学(1797~1858)の旧宅・墓と、当時の農村改革の実践跡である耕地地割が史跡として指定を受けている。旧宅は幽学自らの設計によるもので、もともと教導所として名主遠藤伊兵衛によって提供されたものを、天保13年(1842)に住居として改築したものである。8畳2間のほかに台所、便所、押入などを備えてあり、質素で丈夫な造りになっている。嘉永3年(1850)には、門人の増加に伴い専用の教導所が幽学の設計で建てられているが、これは改心楼という間口7間×5間の建物で、建築費および建設は、ほとんどが門人たちの協力によって行われた。しかし、嘉永5年(1852)に関東取締役出役の手先で常州牛渡村の忠左衛門らが改心楼に乱入した「牛渡村一件」が起き、その裁きの結果、取り壊しを命じられて改心楼は現存せず、跡地には記念碑と大原聖殿が建てられている。

 耕地地割は、幽学が門人の協力を得て耕地整理を行った水田の一部である。もともとは形の異なる大小の田が混在し、作業の能率が悪く雨などで押し流されやすい耕作地であったものを、一区画一反歩(約1、000平方メートル)の大きさに整理し、水路をつけ作業性を向上させたもので、現在も水田として耕作が続けられている。

 幽学の墓は、割腹自殺を遂げた名主遠藤家の墓所内にある。没後、墓標として榊が植えられ、大正11年(1922)に石の墓標が建立されている。

 

大原幽学2

耕地地割

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