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更新日:令和2(2020)年9月18日

ページ番号:2642

右側の辛さとやさしさ(平成28年度心の輪を広げる体験作文入賞作品)

右側の辛さとやさしさ

小学生部門 千葉県知事優秀賞

学校法人暁星国際学園暁星国際小学校5年
堀川清響(ほりかわしおん)

6月15日のお昼に、ぼくは担任の先生に呼ばれて、しんけんな先生の顔と、今日の朝ママが一人で病院に運ばれた事、もしかしたら頭の手術をしているかもしれない事、気持ちを強くもつんだという言葉に、ぼくはまだ10才だけど、人生が変わった音が聞こえたと思った。

朝バタバタしながら学校へ行くのに、ベットの中だったけど、元気で「いってらっしゃーい!!」と笑っていたママは、その時にはもう、体の辛さがマックスだったんだと思う。

その日の朝、ママは吐きそうなほど頭がわれそうで、右手や右足がしびれて動かなくなっていた。それをかくして、ぼく達が出かけてからアイホンで口にペンをくわえてボタンを押して、119番をしている。

もう自分でアイホンを持つ事も出来なくなっていたので、ベットの上のアイホンに顔をくっつけて、救急隊の人と話をしたそうだ。

たった一人で救急車にのせられたのを知って、ぼくはとてもショックだった。

なんで誰もいなくなってからなのかふしぎでした。そしたらお母さんは、ぼくたちが不安な気持ちになるといけないと思ったのと、脳の手術の可能性がとても高いと感じて、自分が死ぬかもしれない話を聞かせるのを、少しでも遅くしたかったと悲しそうに言った。

ぼくにはそのママのやさしさが、辛かったし、悲しかった。

ママとぼくたちは、おたがいを思いやっていて、ママは辛くてやさしいウソをついた。

でもぼく達は何も知らないでママと一生会えなくなる所だった。あの時のショックと辛さは、もう感じたくないと泣いた。

さいわい手術はしなくてよかったけど、左の上の方の脳に血の固まりがあちこち出来ていて、「右側の体が動かない」「言葉と記おくをつかさどる部分にダメージがある」「手術のむずかしい所が出血した」とか色々聞きました。

それからのママは、いっしょうけんめいだけど、のみものが口からこぼれたり、トレーにいっぱいごはんやおかずをこぼしたり、ティッシュもうまくつかめなくて、ぼくが取ってあげると「ごめんね、ごめんね」と泣くので、ぼくも泣いてしまいました。

でもママが早く良くなる為に、いっぱいリハビリをしなければいけないので、その手伝いや、血圧を計ったりするのも、ぼくは出来るようになりました。

それからベーコンエッグも作れるようになったし、車イスもうまく動かせるようになりました。

要介護3というしんだんがこの前出た。

でもママは足よりもどうしても手を前のように動かしたいとのぞんでいる。

自分から絵やしゅげいを取ったら自分じゃなくなる!!そう言っていっしょうけんめい家でぼくたちでもむちゃだと思うリハビリもしています。

でも、まずぼくたち家族が、ママがのぞんでいる「ゆうせんじゅんい」を理解してあげる事が、ママにとって一番のやさしさで思いやりなのだと信じることにした。

おちこんだり、思ったように体が動かないイライラや、ぎゃくにぼくたちはトイレや少し動けば取れる物を一回一回かわりに取ってあげなくちゃいけない事に時々イライラしたり、色んな事がある。

ママがおちこんでいる時は「いつまでも待ってるよ」と声をかける。

そしてぼくたちが手伝いにつかれた時は「ちょっときゅうけいするよ」と言う。

本当の気持ちを全部かくすと病気とたたかえないし辛くなる。

障がいを持つ人が、してほしい事や、この先どうなりたいかは、本のお手本みたいじゃなくて、もっとこまかくて色々だと思う。

家族もそうだし、障がいを持った人の友達によっても、どうなってほしいと思う気持ちは色々だ。

だからこそ、辛い時は辛い。こうなってほしい!!と思う事はちゃんと口に出す。

やさしいウソややさしい思いやりは、時々いきちがいや悲しい気持ちを、障がいのある人や、まわりに運んでくる。

だからもし、障がいのある人と出会ったら、また、家族が障がいを持ってしまったら、本当の気持ちを出しながら、家族で、みんなでたたかってほしいと思います。

もちろん、この先はきっととても遠いけども、ぼくの家も、病気に勝てるように、家族でがんばります。

お問い合わせ

所属課室:健康福祉部障害者福祉推進課共生社会推進室

電話番号:043-223-2338

ファックス番号:043-221-3977

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