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更新日:令和8(2026)年2月20日
ページ番号:733938
(かめやまじんじゃさんもん)
県登録有形文化財(建造物)
1棟
令和7年2月26日
君津市滝原114(宗教法人亀山神社)
君津市の南東部、蛇行する小櫃川(おびつがわ)に三方を囲まれた袋状の土地に亀山神社は位置する。泉竜寺から南下する参道上、石鳥居の先に立つ山門は、西面する社殿と軸線を揃える。今日の亀山神社は、地元では「滝の不動」とも呼ばれ、不動堂として信仰を集めてきた。明治期の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)以後、亀山神社に名称を改め、不動堂は社殿となり日本武尊(やまとたけるのみこと)が祭神として祀られるようになった。一方、仁王門は神社の山門となり、仁王像は寺へと移された。その後皇紀2600年を機に、社殿に幣殿と本殿を建築、本殿に須弥壇と宮殿が移動されて、社殿は拝殿となった。
亀山神社の山門は、文政12年(1829)に建てられたことが、泉竜寺所蔵の棟札によって裏付けられる。
山門は三間一戸、八脚門で入母屋造、銅板葺。昭和48年(1973)に茅葺を改修。両側面は板壁、正面側に金剛柵を回し、床を高く張る。背面側では腰貫下方に柵を後設。正面と背面では上端に粽(ちまき)のある柱間を虹梁で繋ぎ、台輪上に出組の組物を乗せ、二軒(ふたのき)の化粧垂木。外部の蟇股の(かえるまた)一部には中心に宝輪が見られる。外部内部ともに赤色の彩色が残る。
山門の中央間は、正面から背面にかけて一面の鏡天井とされ、迦陵頻伽図(かりょうびんがず)が描かれている。既往研究により拝殿外陣天井絵と同じ作者の墨書と落款が確認されているものの、作者の生没年を考慮すると、文化年間以降の境内再興を機会に天井絵の描かれた天井が張られ、未完だった仁王門が完成された可能性がある。両脇間の天井には、波に竜(2面)・朝日に鶴・松に鷹が描かれている。
江戸時代には不動堂として、近代以降は亀山神社に改められ、この地域信仰のよりどころは社会の変化を受けながらもまもられてきた。亀山神社の社殿と山門は、神仏混淆(しんぶつこんこう)の名残を目に見えるかたちで伝える建築である。
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