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更新日:平成29(2017)年3月2日

ウィークリー千葉県

ウィークリー千葉県平成27(2015)年5月2日放送分(特集) 「野田の歴史を訪ねて」

掲載日:平成27年5月7日

「野田の歴史を訪ねて」

特集

動画の内容

(キャスター)
さあ、今週の特集は、野田の歴史を訪ねてです。
野田はチーバくんの鼻の部分、千葉県最北端の市ですね。

(リポーター)
はい、そうですね。
野田市は東に利根川、西には江戸川、南には利根運河と三方を河川に囲まれた珍しい土地です。
この地形の恩恵を受けて、野田は醤油醸造の街として栄えてきました。
街にはその歴史を感じさせるスポットがたくさんあるといいます。
今回、私は醤油醸造業の歴史を垣間見ながら街歩きをしてきました。
千葉県最北端の野田市。

(リポーター)
今日は「野田の歴史を訪ねて」ということで、まずは、市の歴史や文化に関する資料を展示している郷土博物館を訪ねました。
こちら、ほんと様々な資料が展示されていますね。

(野田市郷土博物館 学芸員 田尻さん)
そうですね。
2階は常設展示になっているんですけれども、醤油醸造業が本格的になる江戸時代中期から昭和30年代ぐらいの資料が展示されているんですよ。

(リポーター)
そうなんですね。
醤油醸造業が本格的に始まったのは江戸時代中期とおっしゃっていましたが、醤油造り自体が野田で始まったのはもっと古い歴史があるんでしょうか?

(田尻さん)
はい、そうですね。
記録の残るものでは、1661年、寛文元年に市内に上花輪という地域があるんですけれども、そこにお住まいだった髙梨兵左衛門というお家ですね、こちらでお醤油醸造が始まったのが最初とされています。
その後、野田の様々なお金持ち、豪農であるとか資産家のお家で次々とお醤油造りが始まったと伝わっています。

(リポーター)
ここ野田で醤油造りが盛んになったのは、何か理由があったのでしょうか?

(田尻さん)
やっぱりですね、醤油をたくさん使う場所というのは江戸になるわけなんですけれども、ここ野田は江戸川の流れを使ってお醤油を運ぶことができたということで、それでどんどんお醤油づくりが盛んになったと伝わっています。
江戸時代の後期には、野田は銚子と並ぶ一大産地となりました。

(リポーター)
こうして発展を続けてきた醤油醸造業。
大正6年に、野田と流山の醤油醸造家8軒が合同し、野田醤油株式会社が誕生しました。
これが後にキッコーマン株式会社となります。
この設立を契機に、醤油造りの近代化・機械化が一層進み、鉄道や道路などの交通網が整備されていきます。
この地に鉄道が出来たのも、最初は醤油を運ぶためでした。
そして、近代になって以降、様々な建築様式を用いた建物が建てられていきました。
それらは平成19年に、経済産業省から『近代化産業遺産群』の認定を受けています。
先ほどの郷土博物館も、そして隣接する旧茂木佐平治(もぎさへいじ)家住宅もそのひとつです。
醤油醸造を代々の家業とした茂木佐平治の住まいとして作られた純和風の住宅。
約150坪の建物は、客間や台所などがそのまま残されていて、庭の趣と共に見ごたえがあります。
現在は「野田市市民会館」として、市民の文化活動に利用されていて、誰でも自由に見学ができます。
石張りの歴史を感じさせるこちらの建物。
「野田商誘銀行」の建物として大正15年に造られたものです。
「商誘銀行」の名称は、設立委員のほとんどが「醤油醸造家」だったため、「醤油」の語呂にちなんで名付けられたそうです。
この「興風会館」も、野田の醤油造りと関連の深い建物です。
野田醤油株式会社創立者たちにより、地元の文化振興や社会教育の推進を目指して作られた「興風会」によって建築されました。
当時の県庁に次ぐ大建築物で、講演会をはじめ展覧会、映画会などが開催され、地域に密着した施設として親しまれてきたといいます。
大正6年に設立した野田醤油株式会社は近代化の波にのり、街と共に発展を続けてきました。
現在、こちらのもの知りしょうゆ館ではその歴史や醤油造りの工程を、訪れた来館者に伝えています。
敷地の一角に、近代化産業遺産があるということでそちらを案内してもらいました。

(リポーター)
朱色が綺麗な建物ですね。
こちらはどういった施設なんですか?

(キッコーマンもの知りしょうゆ館 館長 長島さん)
はい、こちらは御用醤油醸造所と申しまして、通称「御用蔵」、宮内庁に納める醤油を作る専用の醸造所です。
もともとは江戸川沿いにあったんです。
けれども老朽化のために改修が必要となり、平成23年にこちらに移築しました。
こちらの施設も近代化産業遺産に登録されています。

(リポーター)
こちらで今実際に、お醤油を造っているんですね?

(長島さん)
はい、そうなんです。
こちらは、醤油のもとになるもろみを昔ながらの木桶で発酵・熟成させているところです。

(リポーター)
こちらで作られた醤油は、今も宮内庁にお納めされています。
厳選した国産原料を使い、昔ながらの製法で1年以上かけて醸造された醤油は、お土産として購入することもでき人気です。
醤油醸造業と共に発展してきた野田市。
醤油産業に関係するたくさんの文化遺産があり、いまでも街のあちこちで、古い時代の面影を感じることができます。
産業の発展の歴史を残すこの街に、ぜひみなさんも足を運んでみてください。

(キャスター)
醤油造りの産業がこの野田市で発展していったからこそ、今なおたくさんの遺産を見ることができるんですね。

(リポーター)
はい、街のあちこちに歴史を感じる風景が残されていました。
今回私が行った近代化産業遺産は、東武鉄道野田線野田市駅周辺に多くありまして、こちらだいたい2~3時間で巡ることができます。
このエリア以外にも、いくつかの近代化産業遺産が残っています。
くわしくは野田市郷土博物館にお問い合わせください。

(キャスター)
遺産を見てまわったあとに醤油工場の見学をしても良いですし、同じく醤油造りの歴史から生まれた清水公園に足を延ばしても楽しいですね。

(リポーター)
はい。
ちょうど清水公園ではつつじが見頃を迎えているんですよ。
醤油醸造の茂木家が建設した清水公園は、およそ28万平方メートルの敷地を誇ります。
現在開催されているつつじまつりでは、ヤマツツジ、キリシマツツジなど100種類、2万株ものツツジを見ることが出来ます。

(キャスター)
きれいですね。
ちょうど見ごろですので、ぜひ、街歩きと合わせて足をお運びください。
以上特集でした。
続いては今が旬、ちばの食材。
今回は「たまねぎ」です。
九十九里浜に面した白子町のシンボルキャラクター「げんき君」が目印のげんきの里「ひまわり」は、トマトやキュウリなどの新鮮野菜、花の苗などを求めるお客さんで賑わう農産物直売所です。
中でも今の時期のオススメは、大きなネットに入った新たまねぎです。
この新たまねぎは白子町の特産品で、白子たまねぎと呼ばれ親しまれています。
白子たまねぎの美味しさの秘密は「土」にあります。
この地域の畑の土は、砂地でサラサラしているのが特徴で、水はけが良く、ミネラルをたっぷり含んでいるので、甘いたまねぎが育つそうです。

Q白子町のたまねぎの特長は?
(長生産直 細谷道雄さん)
たまねぎは辛いのがありますけど、白子のたまねぎは甘い、やわらかい、そういう感じですよね。

Qオススメの食べ方を教えてください
(細谷啓子さん)
みずみずしくて甘みが強いですので、ぜひスライスしてサラダで試していただきたいと思います。

(キャスター)
この白子町のたまねぎを堪能できるイベントが5月10日に行われます。
会場ではたまねぎの直売や料理の試食、また、近くの畑で掘り取りも体験できます。
甘くて美味しいたまねぎを味わいに、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。
ちばの食材について詳しくはホームページをご覧ください。
それではプレゼントです。

(リポーター)
今週は、特集でご紹介した御用蔵で造られた「しぼりたて生しょうゆ」としょうゆ皿をセットで3人の方にプレゼントします。
ご覧の必要事項と番組の感想を必ずお書き添えの上、ご応募ください。

(キャスター)
来週のウィークリー千葉県。
特集では「ちばの里山」についてお送りします。

(リポーター)
5月18日は里山の日です。
山の観察会に参加して、房総の山のさまざまな生きものとのふれあいを取材してきました。

(キャスター)
どうぞご覧ください。
それでは今週はこのあたりで失礼します。

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所属課室:総合企画部報道広報課放送・インターネット班

電話番号:043-223-2245

ファックス番号:043-227-0146

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