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更新日:平成24(2012)年3月28日

千葉県の観光

天保水滸伝の里めぐり 東庄町・旭市

浪曲や講談で有名な「天保水滸伝」は、江戸末期の千葉県の東総地域を舞台にした、二人の侠客の勢力争いを描いた物語です。主人公の笹川繁蔵と飯岡助五郎は、実在した博徒の親分で、現在の東庄町笹川と旭市飯岡、それぞれの地で子分を抱えて勢力を誇っていました。
「天保水滸伝」の名場面「大利根河原の決闘」は、天保15年、博徒でありながら幕府の十手持ちでもあった助五郎が多数の子分たちをひきつれ、繁蔵一派に斬り込んだという史実に基づいています。
今回は、東庄町と旭市に残る天保水滸伝ゆかりの地をご紹介します。

動画の内容

江戸時代、江戸と地方を結ぶ重要な水運だった利根川。川沿いには銚子や佐原、東庄町の笹川などいくつかの港が栄えていました。
江戸に向かう物や人で賑わっていたこれらの港では江戸末期になると、博徒の親分が多くの子分たちを従え、幅をきかせるようになりました。

講談や浪曲で人気のある「天保水滸伝」の主人公、笹川出身の繁蔵と飯岡の助五郎は、実在した博徒の親分です。

繁蔵率いる笹川一派が飯岡方を撃退した「大利根河原の決闘」は、笹川で実際に起こった事件です。

今回は、東庄町と旭市に残る天保水滸伝ゆかりの地を訪ねます。

東庄町笹川に、笹川一家の親分、笹川繁蔵の供養碑があります。
繁蔵の碑の両側には、決闘でも活躍した仲間たちの墓が並んでいます。

延命寺の近くには、「天保水滸伝遺品館」があります。遺品からは、当時の博徒たちの生活や風俗を感じることができます。

遺品館は、ここ諏訪神社の一角にあります。
この神社では、古くから奉納相撲が開催されていて、境内には相撲の祖といわれる、野見宿禰命(のみのすくねのみこと)を祭る石碑が建てられています。実はこれ、繁蔵が建てた石碑なのです。観光ガイドの会の方にお話を伺いました。
「野見宿禰の碑を建てたいきさつには、この利根川近辺は、みんなちょっと水害が起きると、一気に田んぼが水をかぶってしまって、どうしようもなくなる飢饉、天保の飢饉というのが何年も続いた期間があるんですけれども、農民はやっと生きてるかという状況の中で、そういった人たちを救うという名目もあったようです。」

繁蔵はこの碑の建立を名目に、全国の博徒の親分衆を集めて、大花会を開催し、その収益で農民を救済しようとしたのです。

「日本全国から大前田の英五郎であるとか、国定忠治であるとか、伸夫の常吉であるとか、清水の次郎長であるとか、有名な親分さんがその花会に集まってきていただいたということのようです。」

諏訪神社では、現在も毎年7月に奉納相撲が開催されていて、繁蔵の心意気が地元の人たちに受け継がれています。

一方、現在の旭市飯岡から九十九里一帯は、飯岡助五郎が勢力を張っていました。
天保水滸伝では悪役として描かれている助五郎。
大利根河原の決闘の3年後に繁蔵を討ち取りましたが、助五郎はその首を丁重に葬ったといわれています。

生前、助五郎は地元飯岡の発展に努めたと伝えられています。
刑部岬からみる飯岡漁港。網本として漁師を集め、海岸の浸食を防ぐため護岸をつくるなど、助五郎の功績は現在でも語り継がれています。

笹川繁蔵と飯岡助五郎。地元で今も慕われている二人のゆかりの地をめぐってみませんか?

「ウィークリー千葉県」