サービス停止情報

現在情報はありません。

ここから本文です。

更新日:令和元(2019)年8月7日

元気半島、ちば!(歴史探訪特集)

千葉県の旬の情報をお知らせします(令和元年8月7日現在)。

今週の特集は

商家の町並み(C)香取市生活経済部商工観光課

千葉県には、国際的にも重要な史跡や、様々なその時代に活躍した偉人・文人などの足跡が、数多く残っています。地域に今も伝わる千葉の魅力を、歴史的視点から紹介します。ぜひ訪れてみてください。

♪今回のプレゼント♪チーバくん(梨)

和梨

土壌条件、気象条件に恵まれ、健康で元気に育つ千葉県の梨。その千葉県産の梨を使用し、やわらかく潤いの広がるジュース「和梨」(1ケース、24本入り)を抽選で20名の方にプレゼントします。「和梨」の応募様式。外部サイトへのリンク(応募期間:令和元年8月7日~令和元年8月15日)。当選者の発表はプレゼント品の発送をもって代えさせていただきます。

アクアライン、圏央道で「千葉の海・山、ギュッと近くに」

今回は、これからのお出かけにもぴったりな、歴史探訪スポットを紹介します。

歴史探訪スポット

目次

  1. 近藤勇陣屋跡・一茶双樹記念館(流山市)
  2. 伊能忠敬旧宅(香取市)
  3. 佐倉城址公園・国立歴史民俗博物館(佐倉市)
  4. 特別史跡加曽利貝塚(千葉市若葉区)
  5. 歌人伊藤左千夫の生家(山武市)
  6. 史跡上総国分寺跡・史跡上総国分尼寺跡(市原市)
  7. 金鈴塚古墳(木更津市)・日本武尊伝説〈ヤマトタケルノミコト〉(木更津市、袖ケ浦市)
  8. 内裏塚古墳(富津市)
  9. 大多喜城と城下町(大多喜町)
  10. ドン・ロドリゴ上陸の地(御宿町)
  11. 船形山大福寺崖観音(館山市)

1.近藤勇陣屋跡・一茶双樹記念館(流山市)

近藤勇陣屋跡(C)流山市役所経済振興部

〔近藤勇陣屋跡〕
幕末に活躍し、今も歴史ファンの間で大人気の「新選組」、その局長近藤勇ゆかりの地が千葉県流山市にあります。幕末、幕府軍とともに各地で戦った新選組は、「甲陽鎮撫隊」と名を変え、慶応4年(1868年)4月1日夜、総勢200余名で流山に移動しました。流山では醸造家長岡屋を本陣として、光明院、流山寺などに分宿していましたが、4月3日、情報を得た西軍(新政府)の先鋒隊に包囲されます。近藤勇は、大久保大和と名乗り出頭し、幕府公認の治安隊であると主張しましたが、板橋へ連行されることとなりました。その後、新選組の近藤勇であることが露見し、4月25日に板橋にて処刑されました。この地は近藤勇と新選組副局長だった土方歳三との最後の別れの地となったのです。

場所:
流山市流山2-109
交通:(電車)流鉄流山線「流山駅」から徒歩5分
問い合わせ:04-7168-1047(流山市観光協会)

一茶双樹記念館(C)流山市役所経済振興部
〔一茶双樹記念館〕
流山の特産である「白みりん」は江戸時代後期に醸造が始まりました。「天晴みりん」を醸造していた秋元三左衛門(俳号:双樹)は、俳人・小林一茶と深い親交があり、一茶はたびたび流山を訪れ秋元家に滞在しました。二人の交流の場であったこの地は、「小林一茶寄寓の地」として流山市の史跡に指定され、平成7年に「一茶双樹記念館」が整備されました。安政4年に建てられた秋元家の書院を解体復元した「双樹亭」、幕末頃の商家建築を再現した「秋元本家」、枯山水の庭園など、趣きあるたたずまいを残しており、茶室「一茶庵」では現在でも茶会や句会が催されています。

場所:
流山市流山6-670-1

開館時間:9時~17時

観覧料金:一般100円(団体80円)、小学生および中学生50円(団体40円)※団体は20名以上。70歳以上の方、心身に障害を持つ方は無料
※10月から一般110円(団体88円)、小学生および中学生55円(団体44円)になります

休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始(12月29日~1月3日)

駐車場:あり

交通:(電車)流鉄流山線「平和台」駅より徒歩8分

問い合わせ:04-7150-5750(一茶双樹記念館)

2.伊能忠敬旧宅(香取市)

江戸の商家の町並みと伊能忠敬旧宅(C)香取市生活経済部商工観光課
〔江戸の商家の町並み〕
佐原の町並みは、千葉県香取市佐原(旧下総国)の市街地にある歴史的な建造物が残る町並みです。”北総の小江戸”、”水郷の町”と呼ばれています。利根川の水運を利用する河岸の町として「江戸優り(えどまさり)」といわれるほど栄えていた佐原。人々は、江戸の文化を取り入れ、更にそれを独自の文化に昇華していました。その面影を残す町並みが小野川沿岸や香取街道に今でも残っています。このような歴史景観をよく残し、またそれを活かしたまちづくりに取り組んでいることが認められ、平成8年12月、関東で初めて「重要伝統的建造物群保存地区」(重伝建)に選定されました。佐原の「重伝建」は昔からの家業を引き継いで今も営業を続けている商家が多く、「生きている町並み」として評価されています。また、佐原の町並みを含む、佐倉・成田・銚子の4都市は「北総四都市江戸紀行・江戸を感じる北総の町並み」として2016年には県内初の日本遺産にも認定されています。

伊能忠敬旧宅(C)香取市生活経済部商工観光課
〔伊能忠敬旧宅〕
日本で初めて正確な測量地図を制作した伊能忠敬。そんな彼が17歳から50歳まで30年余りを過ごした家で、国の史跡に指定されています。醸造業などを営んでいた伊能家の土蔵造りの店舗のほか、炊事場、書院、土蔵が残っています。土蔵は古い様式を残し、店舗と正門は忠敬が婿養子に入る以前に建てられていたことから、佐原でも古い時代の建物。小野川に面した旧宅の正面には「だし」と呼ばれる荷揚げ場があり、今は観光船の乗り場になっています。また、小野川をはさんで建つ「伊能忠敬記念館」との間には、樋橋(通称:じゃあじゃあ橋)がかかっており、樋橋から流れ落ちる水の音は「残したい”日本の音風景100選”」にも選定されています。

場所:香取市佐原イ1900-1

開館時間:9時~16時30分

入館料:無料

休館日:年末年始

交通:(電車)JR成田線「佐原駅」から徒歩15分
(車)東関東自動車道「佐原香取IC」から10分程度
(バス)東京駅発鉾田駅行「八坂前」下車徒歩0分
京成バス・千葉交通浜松町・東京駅発佐原経由銚子行「佐原駅北口」下車20分

問い合わせ:(町並み)0478-54-1111(香取市商工観光課)
(伊能忠敬旧宅)0478-54-1118(伊能忠敬記念館)

3.佐倉城址公園・国立歴史民俗博物館(佐倉市)

佐倉城址公園(C)佐倉市観光協会
〔佐倉城址公園〕
佐倉城は戦国大名千葉氏・鹿島氏の居城として文明年間(1469~86年)に築城が開始されましたが、城主の暗殺等により工事は中止となり、その後長い間、築城予定地は鹿島台と呼ばれ放置されていました。時は下り、慶長16年(1611年)、江戸に入府した徳川家康の命で、重臣土井利勝が、未完だったこの城を近世佐倉城として完成(1618年)させました。石垣を持たず、印旛沼を外堀に利用したこの城は、江戸の東の防御の要として、佐倉藩の藩庁が置かれます。城主は江戸幕府の要職に就くことが多く、幕末期に活躍した老中・堀田正睦もその1人です。明治期になると佐倉城は政府に接収され、明治6年、本丸銅櫓、隅櫓、御殿、大手門、その他の諸門、建物が兵舎建設のため取り壊され、帝国陸軍歩兵連隊の駐屯地となります。その後、兵舎や軍の病院などが置かれましたが、戦後、昭和39年に佐倉城址公園となり、昭和58年、公園の一角に国立歴史民俗博物館が設置されました。博物館建設に伴う整備作業として椎木門北側の馬出し土塁と空堀などが復元され、現在の姿になりました。現在、この地域は国指定史跡になっており、日本100名城に選定されています。

場所:佐倉市城内町官有無番地

駐車場:あり

交通:(電車)京成「佐倉駅」より徒歩約20分、JR「佐倉駅」より徒歩約25分
(車)東関東自動車道「佐倉IC」から10分程度

問い合わせ:043-484-0679(佐倉城址公園管理センター)

国立歴史民俗博物館(C)国立歴史民俗博物館
〔国立歴史民俗博物館〕
「歴博」の愛称で親しまれている国立歴史民俗博物館は、昭和58年3月に開館しました。日本の歴史と文化について総合的に研究・展示する歴史民俗博物館で、千葉県佐倉市にある佐倉城址の一角、約13万平方メートルの敷地に延べ床面積約3万5千平方メートルの壮大な規模を有する歴史の殿堂です。先史・古代から現代に至るまでの歴史と日本人の民俗世界をテーマに、実物資料に加えて精密な複製品や学問的に裏付けられた復元模型などを積極的に取り入れ、日本の歴史と文化についてだれもが容易に理解を深められるよう展示されています。また、屋外に併設された「くらしの植物苑」では、江戸時代の園芸品種の育成・公開なども行っています。

■特集展示「もののけの夏―江戸文化の中の幽霊・妖怪―」7月30日(火曜日)~9月8日(日曜日)
■特集展示「よみがえる地域文化―岐路に立つ共同体(コミュニティ)のいま―」7月23日(火曜日)〜11月4日(月曜日)
■特集展示『もの』からみる近世「伝統の朝顔」7月30日(火曜日)~9月8日(日曜日)
※くらしの植物苑特別企画「伝統の朝顔20年の歩み」の関連展示です。詳しくはホームページをご覧ください。


場所:佐倉市城内町117

開館時間:3月~9月9時30分~17時00分、10月~2月9時30分~16時30分

入館料:一般600円(350円)、大学生250円(200円)、小・中学生・高校生無料
※括弧内は20名様以上の団体料金※企画展示開催中等特別料金になることがあります

休館日:毎週月曜日(休日にあたる場合は開館し、翌日が休館日)、年末年始(12月27日〜1月4日)※2019年8月13日は開館

駐車場:あり

交通:(電車)京成佐倉駅から徒歩15分またはちばグリーンバス田町車庫行きに乗車「国立博物館入口」か「国立歴史民俗博物館」下車。JR佐倉駅北口1番乗場から、ちばグリーンバス田町車庫行に乗車「国立博物館入口」か「国立歴史民俗博物館」下車
(車)東関東自動車道「佐倉IC」から10分程度

問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)
国立歴史民俗博物館ホームページ外部サイトへのリンク

4.特別史跡加曽利貝塚(千葉市若葉区)

加曽利貝塚(C)千葉市立加曽利貝塚博物館
加曽利貝塚は、直径140mでドーナツ形をした縄文時代中期の北貝塚と、長径190mで馬のひづめの形をした後期の南貝塚が連結し、8字形をした日本最大級の貝塚です。貝塚のまわりには、当時の人々がくらしたムラの跡が広がっています。現在、約15.1haが国の特別史跡に指定され、加曽利貝塚縄文遺跡公園としても親しまれています。
園内にある加曽利貝塚博物館では、加曽利貝塚から発掘された縄文土器、石器、動物や魚、人の骨などが展示され、東京湾周辺に住んでいた縄文時代の人々の暮らしがわかるほか、野外には貝塚の断面をそのまま観察できる施設や縄文時代の竪穴住居を復元した集落があります。加曽利貝塚のマスコットキャラクター「かそりーぬ」は縄文人によって、この村で大切に埋葬された犬が発見されたことから生まれたマスコットです。縄文時代中期の「加曽利E式土器」を頭にかぶり、貝塚で一番数の多い「イボキサゴ」という貝の首飾りをつけています。

場所:千葉市若葉区桜木8-33-1

駐車場:あり(博物館駐車スペース10台、臨時駐車場70台)

交通:(車)京葉道路「貝塚IC」から約7分、京葉道路「松ヶ丘IC」から約12分
(バス)JR千葉駅から御成台車庫行き(市営霊園経由)「桜木町」下車、徒歩15分
(モノレール)千葉都市モノレール「桜木」下車、徒歩15分

問い合わせ:043-231-0129(加曽利貝塚博物館)

5.歌人伊藤左千夫の生家(山武市)

歌人伊藤左千夫の生家(C)山武市歴史民俗資料館
伊藤左千夫は、江戸時代末期の元治元年8月18日、上総国武射郡殿台村(現在の山武市殿台)、農家伊藤重左衛門家の末子として生まれ、若くして東京に出て、37歳の時に正岡子規の門下に入りました。子規の没後は、雑誌「馬酔木」、次いで「アララギ」を創刊し、特にアララギ派の初期の推進力として活躍しました。門下からは島木赤彦、斉藤茂吉、土屋文明、千葉県鴨川市に生まれた古泉千樫など近代短歌史を彩る優れた歌人を輩出しています。殿台にある生家は約200年前の建築で、この地域の一般的な中規模な農家の家構えで、茅葺平屋建ての母屋と土蔵が残っています。昭和16年には、東京茅場町に住んでいた頃の茶室(唯真閣)も移築されています。また、隣接する山武市歴史民俗資料館の2階は、伊藤左千夫の生涯と作品、遺品、同人たちとの関わりを示す資料等を展示する常設展示室となっており、左千夫の生涯を今に伝えています。

場所:山武市殿台393

開館時間:9時~16時30分

入館料:[2019年9月まで]大人・大学生130円(100円)、小・中・高校生80円(50円)
[2019年10月から]大人・大学生150円(100円)、小・中・高校生100円(50円)
※括弧内は20名様以上の団体料金

休館日:毎週月曜日(祝日にあたる場合は翌日が休館日)、年末年始

交通:(電車)JR総武本線、東金線[成東駅]より徒歩15分
(車)東金有料道路山武「成東IC」より車で10分

問い合わせ:0475-82-2842(山武市歴史民俗資料館)

6.史跡上総国分寺跡・史跡上総国分尼寺跡(市原市)

史跡上総国分寺跡(C)市原市教育委員会
〔史跡上総国分寺跡〕
奈良時代、現在の市原市国分寺台には、上総の国の国府(県庁のような国の役所)が置かれていました。その国分寺台に残る上総国分寺跡は、奈良時代の中頃(1250年位前)に、国の平和と繁栄を祈るため聖武天皇の命により全国60ケ所余りに建てられた国立寺院跡の一つです。寺域13.9万平方メートルに及び、武蔵国分寺跡に次ぐ規模で、市原市が古代上総国の政治・文化の中心地であったことを象徴する歴史的遺産です。記録によると、上総国分寺の五重塔は、遠く東京湾を往来する船からも見ることが出来た、立派な建物と伝えられています。また、当時の様子は、平安時代この地に上総の介(当時の役人)として赴任した菅原孝標の娘が記した『更科日記』にも描かれています。発掘調査により金堂・講堂・塔・回廊・南大門などの建物跡の他、瓦窯跡や附属施設が検出されています。現地では塔の礎石や江戸時代以降に建てられた国分寺薬師堂(1716年)・仁王門、菊間新皇塚古墳から移築した宝篋印塔(応安5年(1372年)銘)等を見ることができます。

場所:市原市惣社1-7-1他

交通:(バス)JR内房線「五井駅」から小湊バス「国分寺台」または「山倉こどもの国」行き、「市役所前」下車徒歩10分(車)館山自動車道「市原IC」より約15分

駐車場:あり(普通車20台)

問い合わせ:0436-23-9853(市原市ふるさと文化課)

史跡上総国分尼寺跡(C)市原市教育委員会
〔史跡上総国分尼寺跡〕
史跡上総国分尼寺跡は、全国の尼寺の中でも最大規模を誇り、市原市が古代上総国の政治、文化の中心地であったことを象徴する歴史的文化遺産です。市では、この貴重な文化遺産を後世に伝え、ふるさとの歴史や文化を見直し体験できる場として史跡の整備を平成2年度から進めてきました。中門が平成5年度に復元公開され、そして中門と金堂を結ぶ復元回廊が、平成9年度装いも新たに現代によみがえりました。また、その一角には史跡上総国分尼寺跡展示館が平成5年7月に開館しております。

場所:市原市国分寺台中央3丁目5番地2

開館時間:午前9時~午後5時(展示室)

入館料:無料

休館日:月曜日(月曜日が祝日に重なる場合には、その直後の休日以外の日)、年末年始(12月29日~1月3日)

駐車場:あり(普通車25台、大型車2台)

交通:(車)館山自動車道「市原IC」より約20分
(バス)JR内房線「五井駅」より小湊鉄道バス国分寺台行き「市原市役所」下車、徒歩10分

問い合わせ:0436-21-7633(史跡上総国分尼寺跡展示館)

7.金鈴塚古墳(木更津市)・日本武尊伝説〈ヤマトタケルノミコト〉(木更津市、袖ケ浦市)

金鈴塚古墳(C)木更津市教育委員会教育部文化課
〔金鈴塚古墳〕
金鈴塚古墳は、昭和25年(1950)に発掘された木更津市長須賀にある前方後円墳で、金色に輝く様々な副葬品が大量に発見されました。その中に金製の鈴があったことから、金鈴塚古墳と命名されました。調査により古墳の周りには二重の堀(周溝)が巡っていることが判明し、この調査成果と航空写真をもとにして、金鈴塚古墳の墳丘長は約90m、全長は約140mと推定されます。平成15年(2003)に行われた、遺体を安置する石室内の調査では、床に切石が敷かれていたことが判明しました。県内有数の大きさ、豪華な副葬品、最新の技術を取り入れた石室構造などから、金鈴塚古墳は古墳時代後期(6世紀後半)に築造され、大和政権と強い結びつきをもつ有力な地方豪族の墓であり、東国を代表する古墳であるということがわかりました。石室及び石棺内から出土した、金鈴をはじめとする多数のすぐれた遺物は、古墳時代後期を代表するものとして、重要文化財に指定され「木更津市郷土博物館金のすず」に収蔵・展示されています。

場所:木更津市長須賀430ほか

交通:JR内房線「木更津駅」から徒歩15分

問い合わせ:0438-23-5309(木更津市役所教育部文化課)

〔日本武尊伝説〕
日本武尊とは、第12代景行天皇皇子で、第14代仲哀天皇の父にあたります。熊襲征討・東国征討を行ったとされる日本古代史上の伝説的英雄です。古事記によると、相模国からの東征の途中だった日本武尊が、走水(現在の東京湾)を渡る際に大時化(おおしけ)に遭い妃である弟橘媛(オトタチバナヒメ)が海中に身を投じて海神の怒りを鎮め、日本武尊の渡海を助けたとされています。
【木更津の由来】…日本武尊は愛する弟橘姫の運命を悲しみ、しばらくこの地を去らなかったといいます。「君不去」=「きみさらず」=「きさらづ」と呼ぶようになったと言われています。
【袖ケ浦の由来】…海中に身を投じた弟橘媛の袖が海岸に流れ着いたという伝説から「袖ヶ浦」と呼ばれるようになりました。1991年に市制を施行した際、君津郡袖ヶ浦町から現在の袖ケ浦市になり、大きい「ケ」を採用するようになりました。

太田山公園(C)木更津市都市整備部市街地整備課
[太田山公園]

JR木更津駅東口の正面から見える緑豊かな公園で、春には山頂が桜の花で薄桃色となり、「ちば眺望100景」のひとつに数えられています。日本武尊と弟橘姫の悲しい伝説から、太田山は別名「恋の森」とも呼ばれています。公園内には木更津市郷土博物館金のすず、旧安西家住宅、きみさらずタワーがあります。

場所:木更津市太田2-16

交通:(電車)JR内房線「木更津駅」から私立木更津総合高等学校方面に徒歩15分
(バス)JR内房線「木更津駅」東口から「太田循環行き」のバスに乗り、「恋の森」で下車徒歩5分

問い合わせ:0438-23-8467(木更津市役所都市整備部市街地整備課)

八剱八幡神社(C)八剱八幡神社
[八剱八幡神社]

八剱八幡神社は「八幡様」の呼び名で親しまれています。主神は誉田別命(応神天皇)、息長足姫命(神功天皇)、足仲彦命(仲哀天皇)で、相殿に素盞嗚尊、日本武尊が祭られており、古より八剱の里・八剱の神と称されていました。天井の装飾画は市の指定文化財となっています。

場所:木更津市富士見1-6-15

交通:(電車)JR内房線「木更津駅」西口から徒歩6分

問い合わせ:0438-23-8881(八剱八幡神社)

8.内裏塚古墳(富津市)

内裏塚古墳(C)富津市教育委員会生涯学習課
内裏塚古墳は、東京湾を望む富津市内を流れる小糸川の下流域の低地に造られた南関東最大の前方後円墳です。墳丘全長約144m、後円部の直径は約80m、前方部前面幅約90m、盾形の周溝を持ち外側の全長は約185mにも及びます。二段に構築された墳丘上には、円筒埴輪や朝顔形埴輪がめぐらされ、家形埴輪も存在していたようです。後円部の墳頂には2つの竪穴式石室が発見され、国内ではほとんど類例をみない金銅製の胡籙金具や鹿角製の鳴鏑をはじめ、剣や矛の武具、鏡などが出土しています。これらの副葬品から内裏塚古墳の被葬者は、5世紀中頃に畿内政権とつながりをもった、有力な地方豪族であったことがうかがえます。内裏塚古墳を中心に一帯に広がる大小30基以上の古墳は内裏塚古墳群と呼ばれ、大形の古墳が集中する千葉県下でも有数の古墳群です。

場所:富津市二間塚1980ほか

交通:(電車)JR内房線「青堀駅」から徒歩15分

問い合わせ:0439-80-1342(富津市教育委員会生涯学習課)

9.大多喜城と城下町(大多喜町)

大多喜城(C)大多喜町役場産業振興課
千葉県の中心部、大多喜町のシンボルでもある大多喜城は、徳川四天王のひとり本多忠勝を初代城主とした近世大多喜城(千葉県指定史跡)の本丸跡に城郭様式で建設された博物館(県立中央博物館大多喜城分館)です。この博物館は房総の中世から近世までの武器・武具や城郭、武家社会などに関する歴史資料を展示紹介すると共にこの地域の文化財を紹介しています。また、歴史教室や講座を開催するなど、来館者は身近に地域の歴史に触れることができます。周辺は、江戸前期に栄えた城下町の歴史を知る資料館や当時の建物が残る町並がたくさんあります。

大多喜城と城下町(C)大多喜町役場産業振興課
10月には、「大多喜お城まつり」が開催され、本多忠勝公の一行に扮した武者行列やお神輿が城下に集結し、手作りの鎧を身に着けた甲冑隊や鉄砲隊などと共に城下町を練り歩きます。

[大多喜城(県立中央博物館大多喜城分館)]

場所:夷隅郡大多喜町大多喜481

開館時間:9時~16時30分(入館は16時まで)

入館料:一般200円、高・大学生100円、小・中学生、65歳以上、障害者手帳保持者は無料です。(但し、企画展は別途料金)

休館日:毎週月曜日・12月28日から1月1日
※臨時休館する場合もありますので千葉県立中央博物館大多喜城分館開館カレンダーをご確認ください

交通:(電車)いすみ鉄道「大多喜駅」下車、徒歩約15分
(車)圏央道「市原鶴舞IC」から国道297号で大多喜方面へ約20分。
(バス)JR外房線「茂原駅」から小湊バス大多喜行きで「久保」下車、徒歩約20分

問い合わせ:0470-82-3007(千葉県立中央博物館大多喜城分館)

10.ドン・ロドリゴ上陸の地(御宿町)

月の沙漠
童謡「月の沙漠」で有名な御宿町、御宿海岸にはラクダに乗った王子と王女の像が立ち、海水浴などで多くの家族連れや若者たちが訪れます。そこから北に少し離れた岩和田地区にある田尻海岸は、スペイン・メキシコとの交流が始まったきっかけの地でもあります。慶長14年9月3日、前フィリピン諸島長官ドン・ロドリゴ・デ・ビデロ・イ・ベーラコスが任期を終えて、マニラからメキシコに帰還する途中、乗っていたサンフランシスコ号は、暴風雨に遭い御宿岩和田海岸沖で座礁。乗組員373名のうち317名は、駆けつけた岩和田の村民たちにより救助され、手厚く保護されました。その後、ドンロドリゴ一行は、当時この地を治めていた大多喜城主本多忠朝を介して、江戸城で2代将軍の秀忠と謁見、駿府に隠居していた徳川家康にも謁見を果たし、京都や九州まで旅します。そして、翌年には家康が建造させた新しい大型帆船により、相模の浦賀から無事にメキシコに帰国することが出来ました。これが日本とスペイン、遭難当時スペインの属領だったメキシコの友好の始まりでしたが、日本ではその後、江戸幕府の鎖国政策によって、この史実は長い間封印されてきました。明治時代になり、岩倉具視率いる政府の使節団がアメリカに滞在した際、この歴史が語り継がれていることが発覚し、以降、日本とメキシコの友好が再び始まりました。
ドン・ロドリゴ上陸の地(C)御宿町観光協会
現在、ロドリゴ一行の上陸地に近い丘の上にはメキシコ記念塔が建立されています。この記念塔は昭和3年に建立され、「日・西・墨三国交通発祥記念之碑」と呼ばれています。2009年には「日本メキシコ交流400周年記念式典」が盛大に行われ、当時皇太子だった今上天皇が行啓されました。

場所:夷隅郡御宿町岩和田626

交通:(電車)JR外房線「御宿駅」から岩和田方面へ徒歩約20分、車で約7分

問い合わせ:0470-68-2414(御宿町観光協会)

11.船形山大福寺崖観音(館山市)

船形山大福寺(C)船形山大福寺
普門院船形山大福寺は、真言宗智山派に属する寺院です。境内の船形山の中腹に浮かぶ朱塗りの観音堂は「崖観音」として有名です。この観音堂の本尊は、船形山の崖の中腹にある祠に刻まれた十一面観世音菩薩で、養老元年(717年)に行基が東国行脚の折に神人の霊を受け、地元漁民の海上安全と豊漁を祈願して、山の岩肌の自然石に彫刻したと伝えられています。その後、慈覚大師によって堂宇が建設されたと言われ、古くから地元住民や近隣の人たちの信仰をあつめるパワースポットです。観音堂へと続く階段の途中には、「日露戦争の碑」や「お不動様」がお祀りされていたり、船形山の歴史を感じる地層も見ることができます。様々な景色を楽しみながら長い階段を上ると眼下には鏡の浦の素晴らしい景色が広がります。

場所:館山市船形835番地

拝観時間:8時~17時(御朱印等窓口は、8時30分~16時30分)

交通:(電車)JR内房線「那古船形駅」から徒歩約15分
(バス)「館山駅」から日東バスなむや行き「崖観音前」下車徒歩約2分
(車)富津館山道路「富浦IC」から約5分

問い合わせ:0470-27-2247(船形山大福寺)



最後までご覧いただきありがとうございます。
次回の「元気半島、ちば!」は8月下旬頃を予定しています。プレゼントもありますのでご期待ください。

よくある質問

お問い合わせ

所属課室:総合企画部報道広報課千葉の魅力発信戦略室

電話番号:043-223-2242

ファックス番号:043-227-0146

より良いウェブサイトにするためにみなさまのご意見をお聞かせください

このページの情報は役に立ちましたか?

このページの情報は見つけやすかったですか?