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更新日:平成29(2017)年3月2日

元気半島、ちば!(歴史巡り特集)

千葉県の旬の情報をお知らせします(平成29年2月24日現在)。

今回の特集は

房総のむらで遊ぶチーバくん(見本用小型写真)(千葉県撮影)房総のむら」で遊ぶチーバくんPhoto(C)Chiba-ken

縄文時代から千葉県は人がたくさん住んでいました。今回は県内の歴史的見どころを紹介します。

今回のプレゼント

イセエビ(ボイル品)(渡辺水産提供)
イセエビ(ボイルしたもの)Photo(C)WATANABE-Suisan

千葉県は全国トップクラスのイセエビの産地です。イセエビが生息しやすい磯根が多く、いすみ市、御宿町、勝浦市、鴨川市、南房総市など外房地域が中心です。

豪華!「イセエビ」(ボイル、2尾)プレゼントはこちら外部サイトへのリンク
(応募期間:平成29年2月24日から平成29年3月2日)。ボイルしてありますので調理が楽です。抽選で10名の方にプレゼントします。当選者の発表はプレゼント品の発送をもって代えさせていただきます(冷凍便で送ります)。今回は3月中旬に発送予定です。

歴史巡り地図(千葉県作成)

圏央道で「ちばの海・山、ギュッと近くに」

  1. 加曽利貝塚(千葉市
  2. 史跡上総国分寺跡・史跡上総国分尼寺跡(市原市)
  3. 成田山新勝寺と門前町(成田市)
  4. 醤油のまち野田(野田市)
  5. みりんと小林一茶、近藤勇陣屋跡(流山市
  6. 醤油と漁業のまち銚子(銚子市)
  7. 江戸の商家と伊能忠敬(香取市)
  8. 武家屋敷と近代医学(佐倉市)
  9. 古代から現代までの体験博物館「房総のむら」(栄町)

房総半島の東の沖合いでは、暖流(黒潮)と寒流(親潮)が交わっており、魚種が大変豊富です(ちなみに銚子市の銚子漁港は6年連続水揚げ量全国1位です)。西側には波静かで遠浅の東京湾があります。

また、千葉県は温暖な気候で、陸地では北方系植物と南方系植物が生育しています。全国1位の生産量の梨は北方系植物、全国2位の生産量のビワは南方系植物の代表です。

千葉県では全国一標高の低い(約43m)平らな土地で、さまざまな農作物が栽培され、食卓に上がる多くの農作物が全国1位から5位の算出額を誇っています。

(例)1位:エダマメ、カブ、サヤインゲン、シュンギク、パセリ、ナバナ、ラッカセイ、ナシ

2位:サツマイモ、ネギ、ホウレンソウ、ダイコン、ニンジン、スイカ、トウモロコシ、ソラマメ、シシトウ、ビワ

3位:キャベツ、サツマイモ、ヤマノイモ、ショウガ、ミツバ

4位・5位:トマト、ミョウガ、キュウリ、メロン、ジャガイモ、カボチャなど

畜産物ではタマゴ(2位)、豚(3位)、牛乳(5位)、乳牛(5位)など

大消費地東京の隣にあることで、江戸時代以降、江戸(東京)の食糧生産基地になっています。

このように温暖な気候や海の幸、山の幸が豊かなことは、今に始まったことではありません。
縄文時代から房総半島は豊かで住みやすい土地だったのです。
その証拠に日本の貝塚の四分の一が東京湾沿岸にあります。
そして縄文時代から現在まで千葉県にはたくさんの人が住み続けています。

今回の「歴史巡り特集」では、規模が世界一と言われている加曽利貝塚から紹介します。

1.加曽利貝塚(千葉市)

千葉市若葉区にある加曽利貝塚からは、約7000年前から約3000年前にかけて人々が住んだ跡が発掘されており、遺跡のほぼ全域と周辺の自然地形がよく残っています。
この遺跡は縄文時代の「ムラ」の生活や文化などを解明するため極めて貴重な存在で、南・北の大型貝塚とそれをとりまく周辺部約15.1万平方メートルが昭和46年(1971年)に国の史跡に指定されました。

加曽利貝塚(空撮)(千葉市撮影)空から見た加曽利貝塚Photo(C)Chiba-shi

貝塚の中に「加曽利貝塚博物館」があり、加曽利貝塚から発掘された縄文土器、石器、動物、魚や人骨などを展示しています。博物館には、東京湾周辺に住んでいた縄文時代の人々の暮らしがわかる博物館と野外施設や復原集落があります。

加曽利E式土器(千葉市撮影)加曽利E式土器Photo(C)Chiba-shi

北貝塚には「竪穴住居跡群観覧施設」と「貝層断面観覧施設」、南貝塚には「貝層断面観覧施設」と「復原集落」があり、発掘当時のまま保存されていて、建物や土の中から掘り出された「たて穴住居あと」や捨てられた貝殻が層になっている様子を見ることができます。

加曽利貝塚の復元住宅(千葉市撮影)
復元された堅穴(たてあな)住居Photo(C)Chiba-shi

博物館周辺は、「クヌギ」「コナラ」「ケヤキ」「コブシ」などの樹木や稀少な「タチスボスミレ」「ヒトリシズカ」「アマドコロ」「ノコンギク」などの植物群に覆われ、自然豊かな広い公園となっています。土器をつくる体験学習会も催されています。

住所:千葉市若葉区桜木8-33-1(加曽利貝塚博物館)

開館時間:9時00分~17時00分(入館は16時30分まで)

休館日:毎週月曜日、国民の祝日の翌日(月曜日が国民の祝日の場合は翌日)、年末年始(12月29日~1月3日)

料金:無料

駐車場:乗用車10台程度、バス2台(要事前連絡)

交通:(バス)JR千葉駅東口9番乗り場、京成バス御成台車庫行(市営霊園経由)「桜木町」下車、徒歩15分
(モノレール)千葉都市モノレール千城台方面行き「桜木駅」下車、徒歩15分※改札口正面に案内図あり

問い合わせ先:電話:043-231-0129(加曽利貝塚博物館)

千葉市ホームページ(加曽利貝塚のページ)外部サイトへのリンク

2.史跡上総国分寺跡・史跡上総国分尼寺跡(市原市)

史跡上総国分寺跡

東京湾に近い市原市の台地の上には、縄文時代の貝塚がたくさんあります。
縄文時代、弥生時代、古墳時代と人々の生活がその台地で続き、奈良時代になると、そこに奈良時代の中央集権国家の象徴ともいえる上総国分寺が造営されました。

現在の市原市役所のすぐ西側(市役所向かいの市原市民会館の裏)に、史跡上総国分寺跡があります。国分寺としては日本有数の規模で、史跡内には七重塔の礎石がそのまま残っています。

上総国分寺史跡内の七重塔跡の礎石(山口秀輝撮影)
上総国分寺史跡(写真草地)内の七重塔の礎石Photo(C)HidekiYAMAGUCHI

史跡上総国分寺跡の中に、現在の寺院「上総国分寺」があり、鎌倉時代に造られた仁王像や江戸時代に造られた薬師堂、風情のある大イチョウがあり、写真愛好家の被写体になっています。

平安時代に書かれた「更科日記」は、作者の父親が上総の介(すけ。国司の次職。上総の国は皇族が守(かみ。長官)となり現地には赴任しないため、「介」は実質上現地のナンバーワン官僚。)であったため、幼少をこの地で過ごし、任期を終えた父と京へ帰るところ(1020年)から始まります。

上総の国府の所在地は不明ですが、上総国分寺や上総国分尼寺の近くであろうと推測されています。

料金:無料

駐車場:専用の駐車場はありませんので、市役所駐車場をご利用ください。団体の場合は事前に問い合わせください。

交通:(車)館山自動車道「市原インター」から車で約10分
(バス)JR内房線五井駅東口から小湊鉄道バス「国分寺台行き」又は「山倉こどもの国行き」などにて「市原市役所」下車徒歩3分(市民会館の裏)

問い合わせ先:電話:0436-23-9853(市原市ふるさと文化課)(史跡上総国分寺跡の中には展示施設、事務所はありません)

史跡上総国分尼寺跡

上総国分尼寺跡は、市役所の東側にあります。尼寺は寺域が全国一の広さで、政所院などの寺院経営に必要な施設の全貌が解明された貴重な遺跡です。

史跡の中には、奈良時代の回廊と中門が忠実に再現されており、当時の優雅な様子が伝わってきます。

上総国分尼寺復元回廊(山口秀輝撮影)復元回廊Photo(C)HidekiYAMAGUCHI

史跡の一角に「史跡上総国分尼寺跡展示館」があり、映像や模型・レプリカ・出土遺物・パネルなどの展示により仏教がインドで起こり日本へ伝播したこと、そして国分寺が造られた時代背景や史跡の内容・特徴などを分かりやすく紹介しています。

上総国分尼寺の復元模型(直径4.5メートル)が作られており、当時の様子をイメージしやすくなっています。

上総国分尼寺跡展示館内(山口秀輝撮影)
展示館内(上総国分寺の七重塔の説明の様子)Photo(C)HidekiYAMAGUCHI

映画・解説の最後に実物の復元回廊が目の前に現れる瞬間は感動ものです。見学の際は、展示館で映画と解説を聞いてから復元回廊をご覧になることをお勧めします。

近くには日本最古の「王賜銘」鉄剣が発掘された稲荷台1号墳があります。

住所:市原市国分寺台中央3-5-2(史跡上総国分尼寺跡展示館)

開館時間:9時00分~17時00分(入館は16時30分まで)

休館日:月曜日(月曜日が祝日の場合は翌火曜日も休館)、年末年始(12月29日~1月3日)

料金:無料

駐車場:普通車25台、大型車2台

交通:(車)館山自動車道「市原インター」から車で約10分、(バス)JR内房線五井駅東口から小湊鐡道バス国分寺台行き・山倉こどもの国行きなどにて「市原市役所」下車徒歩10分

問い合わせ先:電話:0436-21-7633(史跡上総国分尼寺跡展示館)

市原市ホームページ(史跡上総国分尼寺跡のページ)外部サイトへのリンク

市原市埋蔵文化財調査センターホームページ外部サイトへのリンク(市原市内で発掘された埋蔵文化財をネットで見ることのできる図書室のページもあります)

市原市埋蔵文化財調査センター

住所:市原市能満1489

問い合わせ先:電話:0436-41-9000(市原市埋蔵文化財調査センター)

3.成田山新勝寺と門前町(成田市)

成田山新勝寺本堂(小倉卓晃撮影)成田山新勝寺本堂Photo(C)TakaakiOGURA

成田山新勝寺というと江戸時代の歌舞伎役者「市川團十郎」。跡継ぎに恵まれなかった初代團十郎が、新勝寺にお参りしたところ男子が生まれ、その後頻繁に成田山に参詣しました。江戸の人々もこぞって成田山詣でをしたことから、成田のまちは大変繁栄しました。

ということで、成田山新勝寺は江戸時代あたりが始まり?だと勘違いしている方も多いのでは。

実は平安時代「平将門(たいらのまさかど)の乱」に始まります。

平将門が千葉県や茨城県周辺に勢力を伸ばし反乱を起こしたとして、朝廷から鎮圧の軍が出ます。
天慶2年(939年)鎮圧の勅願を受けた僧・寬朝が不動明王を京から捧持して祈願したところ、翌年(940年)将門軍に勝つことができ、その不動明王を本尊に、新たに勝つ寺「新勝寺」の名を朝廷から授かって寺を建立したのが始まりです。

歴史が古いことから、源頼朝などその後政治の中心となった者との関係も深い寺院です。

江戸時代には、江戸から「適度な遠さ」であったことから、庶民は2泊程度の旅で参詣に訪れました。

明治・大正の鉄道の時代になっても成田詣での人は多く、そのための鉄道が現JRや京成電鉄としてできました。「京成電鉄」の「京成」は東京の「京」と成田の「成」を合わせたものです。

成田山新勝寺の三重塔(山口秀輝撮影)
国指定重要文化財の三重塔(写っている参詣者は全員外国人)Photo(C)HidekiYAMAGUCHI

成田山新勝寺の境内には江戸時代に建立された三重塔など国指定重要文化財5棟をはじめ現代建築の粋をこらした諸堂伽藍と、四季折々の美しさを楽しめる16万5千平方メートルにおよぶ大庭園「成田山公園」があります。

境内を回るだけでも歴史散歩を堪能できます。歌舞伎の市川家の奉納塔・石碑なども必見です。

住所:成田市成田1(成田山新勝寺)

交通:JR成田線「成田駅」又は京成電鉄「京成成田駅」下車徒歩約10分

問い合わせ先:電話:0476-22-2111(成田山新勝寺)

大本山成田山新勝寺ホームページ外部サイトへのリンク

成田の門前町のにぎわい(千葉県撮影)
門前町のにぎわい(奥に新勝寺の三重塔が見えます)Photo(C)Chiba-ken

門前町は江戸の風情にあふれ、名物の鰻(うなぎ)を焼く匂いがあちらこちらから漂ってきます。

成田空港が近くですので、日本情緒を求めて街歩きをする外国人をたくさん見かけます。

成田は見どころの数が多いので、歴史の流れを中心に紹介いたしました。

見どころや季節ごとのイベントは成田市観光協会ホームページをご覧ください。詳しく紹介されています。

問い合わせ先:電話:0476-22-2102(成田市観光協会)

成田市ホームページ「FEEL成田」外部サイトへのリンク

4.醤油のまち野田(野田市)

千葉県は日本一の醤油(しょうゆ)生産県です。全国の醤油生産量の36パーセントを占めています。その中心が野田市と銚子市です。

千葉県には、生産量第1位の「キッコーマン」が野田市に、第2位の「ヤマサ醤油」、3位の「ヒゲタ醤油」が銚子市にあります。

江戸時代から盛んになった野田市の醤油の歴史から紹介しましょう。

醤油の原料は「大豆・小麦・食塩」で、醤油造りが盛んになった江戸時代には、「大豆」は現在の茨城県などから、「小麦」は現在の群馬県や埼玉県から、「塩」は江戸川の河口に近い千葉県の浦安市の行徳から集められていたそうです(塩は江戸時代中期までは行徳で大量につくられ、その後は赤穂の塩が主流となりました)。

完成した醤油は江戸川を使うと、江戸まで半日で出荷ができました。

近世の醤油造りは寛文年間(1661~72)からで、18世紀に入り飛曜的に増大しました。それまで関西から海路を菱垣廻船(ひがきかいせん)や樽廻船(たるかいせん)により大量に運び込まれていた関西醤油に代わり、江戸川を南下して出荷できる野田の醤油は、江戸市中の需要を賄うほどになりました。

19世紀中期には、高梨兵左衛門家と茂木佐平治家の醤油が、江戸城本丸と西の丸へ納入を許される幕府御両丸御用醤油にもなっています。

明治期に入ると、醤油醸造は日に日に盛大となり、大正6年(1917)には野田・流山の醸造家八家合同による野田醤油株式会社(キッコーマン株式会社の前身)が誕生しました。

野田市郷土博物館(野田市)

野田市郷土博物館(野田市撮影)野田市郷土博物館Photo(C)Noda-shi

野田市郷土博物館は、昭和34年(1959)に開館した県内初の登録博物館です。市内に残された貴重な文化遺産を収集・展示しており、中でも醤油関係の資料は豊富です。
展示室は二階建ての吹き抜け構造、二階には醤油関係資料などが常時展示・公開されています。日本武道館や京都タワーを設計した建築家・山田守の手による、校倉造をイメージした外観の建物です。

同敷地内にある旧茂木佐平治邸は醤油醸造家の旧宅で、国の登録文化財として保存され、現在市民会館として使用されています。

住所:野田市野田370-8

開館時間:9時00分~17時00分

休館日:毎週火曜日(祝日となる場合は開館)、年末年始(12月29日~1月3日)企画展の展示替えなどで臨時休館の場合あり

料金:無料

駐車場:30台無料※近隣施設と供用

交通:(電車)東武野田線(東武アーバンパークライン)「野田市駅」または「愛宕駅」下車、徒歩8分

(車)常磐自動車道「柏インター」から約20分

問い合わせ先:電話:04-7124-6851(野田市郷土博物館)

野田市郷土博物館ホームページ外部サイトへのリンク

「キッコーマン もの知りしょうゆ館」

キッコーマン工場ともの知りしょうゆ館(右)(キッコーマン撮影)
工場(左)とキッコーマンもの知りしょうゆ館(右)Photo(C)Kikkoman

キッコーマンのしょうゆ工場の中にある「キッコーマン もの知りしょうゆ館」は、日本を代表する調味料“しょうゆ”のすべてがわかるミュージアムです。

「しょうゆができるまで」を見学しながら、もろみ熟成の様子やしょうゆの色・味・香りを体験します。「しょうゆの歴史」や「しょうゆの知識」などの展示で、“しょうゆ”について楽しく学ぶことができます。

キッコーマンもの知りしょうゆ館の中(搾りかすをかぐ)(キッコーマン撮影)
もの知りしょうゆ館内部(醤油のしぼりかすをかぐ)Photo(C)Kikkoman

キッコーマン野田工場の敷地内にある御用醤油醸造所(通称「御用蔵」)は、宮内庁に納める醤油を製造する場所で、伝統的な醤油の製造方法を紹介するミュージアムにもなっています。

キッコーマン御用蔵(キッコーマン撮影)
御用醤油製造所(通称「御用蔵」)Photo(C)Kikkoman

住所:野田市野田110「もの知りしょうゆ館」(キッコーマン食品野田工場内)

問い合わせ先:電話:04-7123-5136(もの知りしょうゆ館)

料金:無料(案内付き見学は要予約)

交通:東武野田線(東武アーバンパークライン)「野田市駅」から徒歩約3分、常磐自動車道、流山ICより約20分

駐車場:駐車場が狭いため出来るだけ公共交通機関をご利用ください。満車の場合は一般の有料駐車場をご紹介することもあります。

旧花野井家住宅(野田市)

旧花野井家住宅(野田市撮影)旧花野井家住宅Photo(C)Noda-shi

旧花野井家住宅は流山市前ケ崎にあった花野井四郎氏の住宅でした。昭和46年(1971)に野田市が寄贈を受け、現在の清水公園の近くに移築したもので、17世紀後半のものと推定されます。花野井家は江戸時代幕府直轄の牧を管理する牧士を代々務めていました。時折、茅葺き屋根(かやぶきやね)の保護のために薪を燃して燻しています。昭和44年(1969)に国の『重要文化財』に指定されました。

入口の上原家薬医門は、昭和47年(1972年)に野田市に寄贈されてたもので、江戸の名工左甚五郎が日光からの帰途、上原家に泊まり、一夜で造った門と伝えられています。

住所:野田市清水902

開館時間:9時00分~16時00分

休館日:月曜日・火曜日(祝日の場合は開館)、年末年始

料金:無料

交通:(鉄道)東武野田線(東武アーバンパークライン)「清水公園駅」から徒歩10分、

(バス)東武野田線(東武アーバンパークライン)清水公園駅からまめバス北ルート、「野田貝塚」下車徒歩4分

問い合わせ先:電話:04-7125-1111(野田市教育委員会社会教育課)

野田市公式ホームページホームページ外部サイトへのリンク

5.みりんと小林一茶、近藤勇陣屋跡(流山市)

流山の特産として知られるみりんは、江戸時代中頃に醸造が始まり、文化11年(1814年)に「白みりん」が販売されると、関東一円に広まりました。

みりんは、当初、甘い酒として飲まれていましたが、江戸の料理に用いられ、その後、照り焼き、かば焼き、煮付け、天つゆなどに使用されるようになり、日本料理には欠かせない調味料になりました。

一茶双樹記念館

白みりん開発者のひとり、五代目秋元三左衛門は、双樹という俳号をもった俳人で、小林一茶と深い親交がありました。享和3年(1803年)初めて一茶は双樹のもとを訪ね、以後50回以上も来訪しています。

流山市は「小林一茶寄寓の地」を市指定記念物(史跡)に定め、平成7年(1995年)に庭園や建物を整備し、「一茶双樹記念館」としてオープンしました。

一茶双樹記念館(流山市撮影)一茶双樹記念館Photo(C)Nagareyama-shi

安政年間(19世紀中ころ)に建てられた秋元家の新座敷を解体復元した数寄屋風造りの「双樹亭」では、俳句会・短歌会、茶会も楽しめます。

幕末ころの下総地方の商家建築を再現した寄棟造り瓦葺き二階建て「秋元本家」は、一茶や双樹についての資料や“みりん”に関連した資料を展示しています。

住所:流山市流山6-670-1

開館時間:9時00分~17時00分(入館は16時30分まで)

休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始(12月29日~1月3日)

料金:1人1回/一般100円(団体80円)、小学生および中学生50円(団体40円)

※団体は20名以上。70歳以上の方、心身に障害を持つ方は無料

駐車場:16台

交通:(鉄道)JR武蔵野線・つくばエクスプレス「南流山駅」から徒歩25分、

流鉄流山線「平和台駅」から徒歩8分

(バス)JR・つくばエクスプレス南流山駅から東武バス流山おおたかの森駅西口またはクリーンセンター行「平和台駅前」下車徒歩10分

JR・つくばエクスプレス南流山駅から京成バス江戸川台駅行「流山5丁目」下車徒歩5分、

つくばエクスプレス・東武アーバンパークライン流山おおたかの森駅から京成バス平和台駅入口・流山市役所経由流山おおたかの森駅西口循環「平和台駅入口」下車徒歩3分

問い合わせ先:電話:04-7150-5750(一茶双樹記念館)

一茶双樹記念館ホームページ外部サイトへのリンク

新選組・近藤勇陣屋跡

新選組の近藤勇が陣を張り、官軍と戦い、ついに官軍に捕らえられたのが流山です。流山で捕らわれた当日の戦闘の様子が詳しく書かれた資料が見つかり流山市博物館に展示されています。
資料の読み下し文が下のリンクにあります。新選組ファンは必見です。

近藤勇陣屋跡(流山市撮影)近藤勇陣屋跡Photo(C)Nagareyama-shi

慶応4年(1868年)4月3日近藤勇は長岡屋(酒造屋)を本陣として戦いますが、敗れて自首します。その後、江戸・板橋へ送られ4月25日に処刑されます。
この地で近藤勇と土方歳三は別れ、土方は北海道函館に向かい、函館の五稜郭で戦死します。

流山市ホームページ(流山市博物館の常設展示「流山の歴史」「新選組コーナー」の資料外部サイトへのリンク

近藤勇陣屋跡

住所:流山市流山2-108

交通:(鉄道)流鉄流山駅から徒歩5分

問い合わせ先:電話:04-7150-6085(流山市観光協会)

6.醤油と漁業のまち銚子(銚子市)

野田の説明でも書きましたが、日本を代表する醤油メーカー3社のうち、「キッコーマン醤油」が野田市に、「ヤマサ醤油」と「ヒゲタ醤油」が銚子市にあります。

元和2年(1616年)、銚子の豪農、第3代田中玄蕃が、銚子で醤油の醸造を始めました。(関東で最古の創業)当時の醤油は、大豆が主体の「味噌溜まり」のようなものであったようです。

一方、醤油発祥の地といわれる紀州(和歌山県)湯浅の隣町の出身の初代濱口儀兵衛が、紀州から銚子に渡り、正保2年(1645年)にヤマサ醤油を創業しました。

元禄10年(1697年)第5代田中玄蕃が製法を改良し、現在のこいくち醤油の醸造法を確立し、これが江戸で評判となり、徐々に関西のうすくち醤油を抜くようになりました。

原料の大豆・小麦(現在の茨城・群馬方面から)、塩(現在の浦安から)などが利根川や江戸川を利用して手に入りやすく、江戸への出荷にもこれらの川を使って船で運ぶことができたので、醤油の製造が活発になりました。

ヤマサ醤油もヒゲタ醤油の江戸時代末期には幕府から「最上しょうゆ」の称号を与えられます。現在も使用されている商標に「上」の字が入っているのはその時からのものです。

ヤマサ醤油もヒゲタ醤油も工場見学ができます。また史料館も公開されています(いずれも入場無料です。)

ヤマサ醤油:工場見学と「しょうゆ味わい体験館」

ヤマサ醤油「しょうゆ味わい体験館」外観
ヤマサ醤油「しょうゆ味わい体験館」Photo(C)Yamasashoyu

ヤマサ醤油の「しょうゆ味わい体験館」では、映画を見た後、実際の製造現場を見学したり、醤油の上を歩いているような不思議な体験ができる「タップトーク」も人気です。

ヤマサ醤油「しょうゆ味わい体験館」のタップトーク(ヤマサ醤油撮影)
しょうゆ味わい記念館の中の「タップトーク」Photo(C)Yamasashoyu

しょうゆ味わい体験館では大人気の醤油味のソフトクリームも販売されており、歴史的資料を見たり、せんべいの手作り体験もできます。また見学者全員に「卓上しょうゆ」がプレゼントされます。

工場見学:予約が必要です(所要時間約50分)。9時00分~11時00分、13時00分~15時00分、土、日、祝日及びゴールデンウィーク、お盆の休業日は工場が休みとなり、映画上映のみ(約20分)となります。

予約、問い合わせ先:工場見学センター(電話)0479-22-9809(8時30分~16時50分年末年始を除く)、本社庶務課(電話)0479-22-0095(8時30分~16時50分、土・日・祝・お盆・年末年始を除く)
住所:工場見学センター:千葉県銚子市北小川町2570

交通:(鉄道)特急しおさい号にて東京よりJR銚子駅(1時間50分)
JR「銚子」駅より徒歩約7分もしくは銚子電鉄「仲の町」駅より徒歩約3分
(車)東関東自動車道佐原香取ICより国道356を約1時間

ヤマサ醤油ホームページ(工場見学のページ)外部サイトへのリンク

ヒゲタ醤油:工場見学とヒゲタ史料館

工場見学

ヒゲタ醤油外観(ヒゲタ醤油撮影)ヒゲタ醤油工場Photo(C)Higetashoyu

予約、問い合わせ先:予約が必要です(10名未満は予約不要)。

電話:0479-22-0080(土曜日、日曜日、祝日、お盆休みは「ヒゲタしょうゆ銚子工場」(電話:0479-22-5151)へ直接連絡。ヒゲタ醤油株式会社銚子事務所:銚子市中央町2-8)

一人でもグループ、団体など何名でも見学できます。学校の遠足も歓迎とのことです。

見学者には記念品を準備されています。

所要時間:45分~1時間(土曜日、日曜日、祝日、お盆休みは映画上映と史料館案内のみ。

所要時間30分程度)(平日でも都合により映画上映と史料館案内のみの場合もあります。)

年末・年始はお休み。

住所:銚子市八幡町516番地(工場所在地)

受付時間:9時00分~12時00分、13時00分~16時00分

交通:JR銚子駅から徒歩約12分。

ヒゲタ史料館

ヒゲタ醤油史料館入口(ヒゲタ醤油撮影)ヒゲタ史料館入口Photo(C)Higetashoyu

昔醤油醸造に使った道具類、昔の容器、内外博覧会の受賞メダル(明治時代)などが展示されています。

住所:銚子市八幡町516番地(ヒゲタしょうゆ銚子工場内)

問い合わせ先:0479-22-5151(ヒゲタ史料館)

開館時間:年末・年始(12月29日~1月5日)を除き、年中無休、9時00分~16時00分

駐車場:工場内に普通車10台可。

ヒゲタ史料館ホームページ外部サイトへのリンク

外川(とかわ)漁港

外川漁港と外川の街並み(銚子市撮影)外川漁港と外川の街並みPhoto(C)Choshishi

外川は銚子漁業の発祥の地と言われています。

江戸時代、海難に遭った紀州(現在の和歌山県)広村の崎山治郎右衛門が、飯沼村(現・飯沼町)、高神村(現・外川町)の人々に助けられたことに端を発し、寛永年間(1624年~1644年)、その恩返しに故郷から140人もの漁師を呼び寄せ、漁業技術の伝承と外川漁港建設に尽力しました。崎山治郎右衛門の碑は、外川の大杉神社境内にあります。(「外川ミニ郷土資料館」ホームページより)

銚子から九十九里にかけてはイワシの好漁場ですが、崎山治郎右衛門はそこに港がないのを残念に思い、行業技術の伝承と港建設を行ったとのことです。

現在の銚子漁港は、外川よりも北で利根川の河口付近にあります。建設用重機がない江戸時代のことですから、利根川河口に港を築くことはできなかったのでしょう。

海に突き出した外川は海に出るには好適地ですが、港のまわりは低地が少なく、港に向かって急な斜面になっています。
現在でも、漁港に面した急斜面には、碁盤目状に外川の町並みが広がっており、坂道の道路面のすぐ脇に家の軒先が接しそうな古くからの住宅も見受けられます。

外川の街並み(坂道から湊方面を見る)(銚子市撮影)
外川の坂道(奥が外川漁港)Photo(C)Chosh-shi

昨年4月には「北総四都市江戸紀行・江戸を感じる北総の町並み」が日本遺産に認定されました。
外川の町並みもそれを代表する情景の一つです。急な坂道の途中からは、外川漁港が見え、まわりの家並みと一緒に旅行雑誌で紹介されたり、写真愛好家の被写体にもなっています。

近くには、外川の歴史資料を集めた「外川ミニ郷土資料館」がありますので是非訪問してみてください。銚子電鉄「外川駅」前に案内看板が出ています。

外川地区は駐車スペースが少ないところですので、銚子電鉄の利用をお勧めします。「外川駅」からすぐ港に向かう坂道が始まります。

また、冬の良く晴れた日や台風一過の朝など気象条件により、銚子から約200km離れた富士山を見ることができます。「地球の丸く見える丘展望館」などが好適地ですが、意外にも外川漁港からも見えます。

富士山は千葉県の西側、そして千葉県の東側に太平洋があり、銚子は千葉県の東端です。
外川では、東側にあるはずの太平洋の奥に富士山が見えるという不思議な感じを体験できます。
長く千葉県内に住んでいる人ほど驚く光景です。地図をよく見ると謎が解けます。

ちなみに、外川漁港の端に「千騎ケ岩」があり、1801年9月3日に伊能忠敬がここから富士山を測量した記録が残っています。外川漁港の隣にある銚子マリーナの浜辺には伊能忠敬銚子測量の記念碑が建っています(記念碑の位置は昔は海でした)。

犬吠埼灯台から外川漁港までは、銚子電鉄で一駅。海沿いに歩くと30分程度ですので、海岸風景を楽しみながらぶらりと歩くこともお勧めします。

外川ミニ郷土資料館ホームページ外部サイトへのリンク(開館日・開館時間の案内)

住所:銚子市外川町2-10610

問い合わせ先:電話:0479-22-0575(外川ミニ郷土資料館。島長(しまちょう)水産内)

7.江戸の商家と伊能忠敬(香取市)

佐原の伝統的街並みと小野川(千葉県撮影)小野川と佐原の街並みPhoto(C)Chiba-ken

江戸時代、佐原や小見川は利根川水運の発達で、年貢米の津出し場や周辺地域の物資の集散地として栄え、醸造業などの産業も発展しました。

この時期、佐原村は「お江戸みたけりゃ佐原へござれ佐原本町江戸まさり」といわれるほどのにぎわいを見せていました。人々は、江戸の文化を取り入れ、更にそれを独自の文化に昇華していました。
その面影を残す町並みが小野川沿岸や香取街道に今でも残っています。

このような歴史景観をよく残し、またそれを活かしたまちづくりに取り組んでいることが認められ、平成8年12月、関東で初めて「重要伝統的建造物群保存地区」(重伝建)に選定されました。

佐原の「重伝建」は昔からの家業を引き継いで今も営業を続けている商家が多く、「生きている町並み」として評価されています。

重要伝統的建造物群保存地区伊能忠敬旧宅(寛政5年(1793)建築・国指定史跡)のほか県指定文化財も8件(13棟)が小野川沿いや香取街道沿いに軒をつらねています。

伊能忠敬旧宅(国指定史跡)

伊能忠敬旧宅(香取市撮影)伊能忠敬旧宅Photo(C)Katori-shi

伊能忠敬は佐原が生んだ世界に誇る日本全土の科学的地図を作成した偉人です。

忠敬は18歳で伊能家の養子となり、醸酒業と米穀薪炭販売に精励すると共に村政の中心として活躍しました。

50歳で隠居し、江戸に出て天文学や地理学を学び、寛政12年(1800年、55歳)幕府に蝦夷地の測量許可をもらい、東北沿岸を計測しながら北海道へと歩きました。

このときから文化13年(1816年)まで、足かけ17年をかけて全国を測量し『大日本沿海輿地全図』を完成させ、日本史上はじめて国土の正確な姿を明らかにしました。

前置きが長くなりましたが、「伊能忠敬旧宅」は忠敬が佐原で30年余りを過ごした母屋と店舗がそのまま残されているものです。母屋は寛政5年(1793)忠敬自身が設計したものといわれています。
料金:伊能忠敬旧宅は無料です。

開館時間などは下の伊能忠敬記念館を参照してください。

伊能忠敬記念館

伊能忠敬記念館(内部)香取市撮影伊能忠敬記念館(内部)Photo(C)Katori-shi

忠敬の人生を佐原時代(伊能忠敬50歳までの前半生を紹介)、全国測量(隠居してからの勉学と全国測量の行程を紹介)、伊能図の完成(伊能図の数々を紹介)と年代順に追い、その業績の結晶である伊能図をあますことなく紹介している記念館です。

住所:香取市佐原イ1722番地1

開館時間:9時00分~16時時30分

休館日:月曜日(国民の祝日は開館)、年末年始、伊能忠敬旧宅は年末・年始のみ休館です。

交通規制:夏(7月)・秋(10月)の祭礼中とマラソン大会(12月)当日は交通規制がありますのでご注意ください

料金:大人500円(団体450円、65歳以上450円)、小・中学生250円(団体200円)。香取市内に在住している小学校・中学校・高等学校の生徒および香取市内の小学校・中学校・高等学校に通学している生徒は無料。障害者とその介護者(1名まで)は無料。

問い合わせ先:電話:0478-54-1118(伊能忠敬記念館)

香取市観光ホームページ「取を旅する」(伊能忠敬記念館のページ)外部サイトへのリンク

 

正上(しょうじょう)(千葉県有形文化財)

江戸時代から続く正上(しょうじょう)(香取市撮影)江戸時代から続く正上Photo(C)Katori-shi

江戸時代から醤油の醸造をしていた老舗で、創業は寛政12年(1800年)5月。現在は10代目。戦後は佃煮の製造販売が主となっています。土蔵は明治初期の建築。江戸時代の店構が残る数少ない建築物で、当時の戸締りの方法「よろい戸」方式が残っています。<建築年代>店舗:天保3年(1832年)、土蔵:明治元年(1868年)

佐原の山車行事がユネスコ無形文化遺産に登録

平成28年12月、佐原の山車行事が日本の他の地区と一緒に「山・鉾・屋台行事」としてユネスコ無形文化遺産に登録されました。

千葉県内の国指定文化財が世界遺産やユネスコ無形文化遺産などに登録されるのは、今回が初めてです。平成28年4月の日本遺産に登録された「北総四都市江戸紀行・江戸を感じる北総の町並み」に続き、うれしいニュースとなりました。「北総四都市」はこの特集で紹介してる成田、佐倉、佐原、銚子です。

問い合わせ先:電話:0478-52-6675(水郷佐原観光協会)

水郷佐原観光協会ホームページ外部サイトへのリンク

8.武家屋敷と近代医学(佐倉市)

慶長15年(1610年)、徳川家康の命で、幕府の中枢を担った土井利勝が、佐倉に配され、翌年から7年間をかけて佐倉城を築城し、その周辺に城下町が形成されました。土塁や空堀、水堀、馬出しを巡らせた城構えは堅牢で、佐倉城は江戸防衛の東の要衝として江戸幕府を支えました。

幕府の老中職についた大名が各藩中最多を数え、政治の面でも幕府を支えました。佐倉藩は千葉県最大の藩で、江戸時代の6割弱を堀田家が治めました。

幕末に米国と条約交渉をしたのが佐倉藩主で幕府の老中の堀田正睦(ほったまさよし)です。

正睦は蘭学(洋学)を積極的に取り入れ、佐倉が蘭学の先進地となる土壌を作りました。こうした中、江戸で名声を得ていた蘭医・佐藤泰然が江戸から佐倉へ移住し、医学塾兼診療所、佐倉順天堂(順天堂大学の前身)を開きました。

旧堀田邸

旧堀田邸(佐倉市撮影)旧堀田邸(玄関)Photo(C)Sakura-shi 

「旧堀田邸」は、最後の佐倉藩主・堀田正倫(ほったまさとも)が、明治23年(1890年)に設けた邸宅・庭園です。

邸宅部分の玄関棟・座敷棟・居間棟・書斎棟・湯殿および土蔵、門番所の7棟が、「旧堀田家住宅」として平成18年7月5日に国の重要文化財(建造物)に指定され、庭園を含む一帯は、「旧堀田正倫庭園」として、平成27年3月10日に国の名勝に指定されました。

現在、玄関棟・座敷棟・居間棟1階・湯殿および庭園が一般公開されています。

書斎棟・居間棟2階・門番所は、年数回の特別公開日に公開されます。

住所:佐倉市鏑木町274番地

開館時間:9時30分~16時30分(入館は16時00分まで)

休館日:月曜日(祝日の場合は翌火曜日)、年末年始(12月28日~1月4日)

料金:旧堀田邸のみ:一般320円、学生160円
三館共通入館券:一般540円(団体370円)、学生270円(団体190円)、*旧堀田邸・武家屋敷・佐倉順天堂記念館を見学できるお得な入館券。

土曜日・日曜日は小中学生無料。障害者無料(付き添い1人も無料)

庭園部分の「さくら庭園」は常時開放されており、自由に見学・散策できます。

問い合わせ先:電話:043-483-2390(旧堀田邸)

電話:「さくら庭園」043-484-6165(佐倉市都市部公園緑地課)

交通:(鉄道)JR佐倉駅から徒歩15分、京成佐倉駅から徒歩15分

(車)東関東自動車道、佐倉ICから10分

駐車場:10台

※大型バスは駐車できません。(大型車は市立美術館前の市営駐車場をご利用ください)

佐倉市ホームページ(旧堀田邸のページ)外部サイトへのリンク 

武家屋敷

武家屋敷(佐倉市撮影)武家屋敷Photo(C)Sakura-shi 

城下町佐倉の面影をいまに残す土塁と生垣の通りに面して、「旧河原家住宅」(千葉県指定文化財)、「旧但馬家住宅」(佐倉市指定文化財)、「旧武居家住宅」(国登録有形文化財)の3棟の武家屋敷が公開されています。3棟とも江戸時代後期の建築で、佐倉藩士が暮らしていたものです。

通常は建物の外からの見学ですが、年4回特別公開を行っており、旧河原家住宅の建物内に入って見学することができます。また年数回、旧但馬家住宅で甲冑試着会を行っています

住所:佐倉市宮小路町57番地
開館時間:9時00分~17時00分(入館は16時30分まで)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌火曜日)、年末年始(12月28日~1月4日)
料金:武家屋敷のみ:一般210円(団体150円)、学生100(団体70円)
土曜日・日曜日は小中学生無料。障害者無料(付き添い1人も無料)
*三館共通入館券あり(旧堀田邸の説明参照)
交通:(鉄道)JR佐倉駅から徒歩約15分、又は京成佐倉・田町車庫方面行バス「宮小路町」下車徒歩約5分。
京成線佐倉駅から徒歩約20分、又は京成佐倉・田町車庫方面行バス「宮小路町」下車徒歩約5分
(車)東関東自動車道、佐倉ICから10分
駐車場:普通車10台、大型車は駐車できません。(大型車は市立美術館前の市営駐車場をご利用ください。)
問い合わせ先:電話:043-486-2947

佐倉市ホームページ(武家屋敷(旧河原家住宅・旧但馬家住宅・旧武居家住宅)のページ)外部サイトへのリンク

佐倉順天堂記念館

順天堂記念館(佐倉市撮影)順天堂記念館Photo(C)Sakura-shi

佐倉順天堂は江戸で名声を得ていた蘭医・佐藤泰然が天保14年(1843年)江戸から佐倉へ移住し開いた蘭医学の塾兼診療所です。西洋医学による治療と同時に医学教育が行われ、佐藤尚中(たかなか)をはじめ明治医学界をリードする人々を輩出しました。

安政5年(1858)に建てられた建物の一部が残り、「旧佐倉順天堂」として千葉県の史跡に指定されています。

当時の順天堂で用いられていた医学書や医療器具などを展示しています。

住所:佐倉市本町81番地
開館時間:9時00分~17時00分(入館は16時30分まで)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌火曜日)、年末年始(12月28日~1月4日)
料金:武家屋敷のみ:一般100円(団体70円)、学生50(団体30円)
土曜日・日曜日は小中学生無料。障害者無料(付き添い1人も無料)
三館共通入館券あり(旧堀田邸の説明参照)
交通:(鉄道)JR佐倉駅から徒歩30分
京成佐倉駅から徒歩20分又は酒々井・成田・白銀ニュータウン行バス「順天堂病院」下車すぐ
(車)東関東自動車道、佐倉ICから10分
駐車場:普通車3台、大型バス1台(要予約)、多数の車でのご来館はご遠慮ください。
問い合わせ先:電話:043-485-5017(佐倉順天堂記念館)

佐倉市ホームページ(佐倉順天堂記念館のページ)外部サイトへのリンク 

佐倉市の観光一般についての問い合わせ先:電話:043-486-6000(佐倉市観光協会)

佐倉市観光協会ホームページ外部サイトへのリンク

国立歴史民俗博物館

国立歴史民俗博物館(国立歴史民俗博物館撮影)Photo(C)Rekishiminzokuhakubutsukan

佐倉城は明治に入って取り壊され、建物は残っていません。
城の跡は佐倉城址公園となっており、その中に国立歴史民俗博物館があります。

国立歴史民俗博物館(略称:歴博)は日本を代表する歴史博物館で、全時代にわたる日本の歴史と文化が、実物資料や精巧な模型、ジオラマなどでわかりやすく展示されています。

昔の京都や江戸の街並みを再現したジオラマは、そこで暮らす人たちの声まで聞こえてきそうなほどリアルです。

「たいけんれきはく」「寺子屋れきはく」など体験コーナーもあり、約1万平方メートルの室内に展示された約1万点の資料は、1日かけても見飽きません。

常に規模の大きな企画展が行われています。 

住所:佐倉市城内町117

開館時間:3月~9月(9時30分〜17時00分)、10月~2月(9時30分〜16時30分)。入館・入苑は閉館の30分前まで。

休館日:毎週月曜日(祝日にあたるときは翌日)、年末年始(12月27日~1月4日)

料金:一般420円(団体350円)、高校・大学生250円(団体200円)(毎週土曜日は高校生は無料)、小・中学生無料。企画展示開催期間中は特別料金になる場合があります。

交通:(鉄道)JR総武本線「佐倉駅」下車、バス約15分(ちばグリーンバス田町車庫行きで「国立博物館入口」下車又は「国立歴史民俗博物館」下車)

京成線「京成佐倉駅」下車、徒歩約15分又はバス約5分 (ちばグリーンバス田町車庫行きで「国立博物館入口」下車又は「国立歴史民俗博物館」下車)

(車)東関東自動車道「四街道IC」→案内板に従ってICから約8km又は東関東自動車道「佐倉IC」→案内板に従ってICから約8km

駐車場:大駐車場あり(無料)

問い合わせ先:電話:043-486-0123(国立歴史民俗博物館)

国立歴史民俗博物館ホームページ外部サイトへのリンク 

9.古代から現代までの体験博物館「房総のむら」(栄町)

房総のむら(房総のむら撮影)商家の町並みPhoto(C)Chiba-ken

県立房総のむらは、原始・古代から近代現代までの衣・食・住・技の移り変わりを体験することができる参加体験型の博物館です。

歴史と自然を学ぶ「風土記の丘エリア」と、商家・農家などの「ふるさとの技体験エリア」とで楽しむことができます。
毎週、様々な体験プログラムが用意されています。房総のむらで遊ぶチーバくん(千葉県撮影)
房総のむらで遊ぶチーバくんPhoto(C)Chiba-ken

商家の建物の中には、その建物や業種に関する説明資料が入手でき、これを集めてファイルすると自分用の貴重な資料集ができあがります。

江戸時代から明治初期の家や町並みは、これまでテレビドラマ、映画などにたくさん登場しています。テレビなどをご覧の際は、エンドロールに「房総のむら」の文字がないかをチェックしてみてください。

成田空港に隣接する立地のため、外国からのお客様もたくさん訪れています。

「風土記の丘エリア」内を散策すれば、様々な古墳の形態を観察することができます。また、資料館内では、古墳から発見された埴輪などの考古資料も多数展示しています。スケッチや写真をもとに古墳観察記録を作ってみてはいかがでしょうか。

広い面積を持つ施設ですので、何度か訪れてゆっくり回ることをお勧めします。森の木々もきれいですので、四季折々の色合いをお楽しみください。

住所:印旛郡栄町龍角寺1028

開館時間:9時00分~16時30分(入館は16時00分まで)

休館日:月曜日(休日の場合は開館し、翌日休館)、年末年始(12月25日~1月1日)

料金:一般300円、高校・大学生150円、中学生以下・65歳以上は無料。20名以上は団体割引あり。障害者手帳をお持ちの方は本人と介護者1名は無料です。

交通:(鉄道)JR成田線「安食(あじき)駅」から千葉交通バス、竜角寺台車庫行き約10分「房総のむら」下車徒歩3分。
JR成田線「安食(あじき)駅」からドラムバス栄町内周遊バス約15分「ドラムの里」下車徒歩3分(1~2時間に1本運行)
JR成田線「成田駅」から千葉交通バス竜角寺台車庫行き約20分、「竜角寺台2丁目」下車徒歩10分(1時間に1~3本運行)
JR成田線「下総松崎(しもうさまんざき)駅」から徒歩約30分
(車)東関東自動車道成田ICから成田・安食方面へ直進約10km

駐車場:普通車343台/大型12台※無料

問い合わせ先:電話:0476-95-3333(千葉県立房総のむら) 

千葉県立「房総のむら」ホームページ外部サイトへのリンク

 

3月半ばまでほぼ毎週、早春の千葉県の魅力を紹介する予定です。
プレゼントもご期待ください。次回は3月3日(金曜日)の予定です。


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電話番号:043-223-2242

ファックス番号:043-227-0146

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